高瀬準太の欲しいもの②
「準太の喜びそうなもの?」
慎吾がもぐもぐとフライドチキンを咀嚼するのを見ながら、阿部は温かいココアを啜りこくんと頷いた。
「そのこと考えててあんな難しい顔しながら歩いてたの?」
慎吾と会ったのは偶然だった。利央と別れた後に信号待ち向かいの道で慎吾に見つけられ、予備校帰りで腹減ってるから付き合ってくれと言われてこうしてケンタの2階席で向かい合っている。
「ホントは欲しいものが分かったら一番いいんスけど、利央に訊いても分かんないって言われて」
「ん~…や、阿部くんがくれるんなら何でも喜ぶんじゃない?アイツああ見えて結構単純だし」
それにムッツリだし、というのは準太の名誉のため黙っておいてやる自分に感謝してもらいたい、と慎吾は思った。
「そんなんじゃなくて」
自分の時みたいに、別段どうしても欲しかったものでなくてもいいと阿部は思う、だがあれは準太の戦略勝ちだ。あの突然の驚愕と喜びは今でもこうして強く心に残っているのだから。
「…いつも準太さんにはすげー良くしてもらってばっかだから、…今回くらいは…」
「準太を驚かせたいんだ、サプライズで」
つまりはそういうことだろう。驚いた彼の顔が見たい、照れる彼の顔が見たいのだ。
「で、利央は分かんねーって?普段あんだけパシらされてんのに?」
「…ヒントはくれました。けど」
「どんなヒント?」
阿部は唇を尖らせて拗ねたような顔をする、あれがヒントだとは到底思えないからだ。
「…ぜってーウソだ。からかわれてる」
意味分かんねーままだし、と不貞腐れる阿部に慎吾は小さく笑んだ。
「はい阿部くん」
「え、あ」
太いポテトを人差し指と親指で摘み阿部の顔の前まで運ぶと、阿部は少し恥ずかしそうにおず、と口を開く。
その時の僅かな遠慮が可愛い、それでも拒まないのは慎吾がこつこつ地道に挑戦してきた餌付けに成功…もとい阿部が心を開いてくれた証拠なので、慎吾は自分の食べているものを阿部に食べさせるのが最大の楽しみになっていた。
「じゃあ可愛い阿部くんのために、俺からもヒントを与えましょうか」
そう言うと、阿部の期待に満ちた表情がパッと慎吾を見る。その素直な反応にときめかないかと問われれば否だろう、可愛いと思うのも道理、準太のものだと認めるのも悔しいのだ、本当は。
「な、なんですか」
「今ね、俺の目の前にある」
どこかで聞いたようなセリフに阿部の身体が固まった。
「…え…?」
「これがヒントね」
慎吾はにっこり笑顔で言う。
「え、それって…」
「分かった?」
「…利央とおんなじ…」
慎吾は思わず噴き出した。ハメられたと思った阿部が二人ともグルなんでしょうと顔を真っ赤にして怒る、がもちろんグルなどではない。
「じゃあ利央のヒントはデタラメじゃないってことだろ?俺と被ったんなら」
そう言っても阿部は信じない。
「うーん、じゃあもっと確実な方法教えてあげようか?準太の欲しいものが分かる方法」
また阿部の表情が輝いて、慎吾はこれが試合中だったら全てのコースが読めるなと苦笑する。
「でもひとつ条件が」
「なんですか」
「お礼くれる?」
「お礼?」
「そ。ほっぺにちゅーで手打つよ」
ど?と提案すると、阿部のキラキラした顔はまた曇り、遠慮しますと冷たい言葉が返ってきた。
「あらら、ダメなんだ?」
「準太さんに忠告されてたの思い出しました」
「忠告?」
「一人の時は慎吾さんには2メートル以内近づいちゃいけないって」
あんにゃろ…と心の中で毒づく。
「でももう近づいてるじゃん?1メートル以内だよこれじゃ」
「っ、…だから、これ以上は約束破れないんです」
頑なに準太の言いつけを守る阿部の忠誠心は不快じゃない、寧ろ健気だと思える。こんなイイコを恋人に出来た準太は幸せ者だとも思う。
だから尚更、阿部が完全に準太のものになってしまうのをこのまま指を銜えて見ているしか出来ないことが悔しくて、少しくらいちょっかいを出したいと思うのが男ってもんだろうと慎吾は開き直るのだった。
「コレ絶対喜ぶよ準太」
「……」
さっきまでの無防備な態度とは正反対、阿部は今精一杯虚勢を張って慎吾を威嚇している。果たして準太が投手だからなのかそれとも彼の一番大切な人間だからなのか、阿部の忠誠心は戦国時代でも通用するのではないかとすら思えるほど完璧だ。
「阿部くん」
阿部の肩がぴくりと震える。
「準太喜ばせたいんだろ?」
「……ぅ」
「準太には内緒にしててあげるから」
「……、」
あと、一押しだ。
「あいつの欲しいものが分かるよ?」
阿部は困った表情を隠しもせず、慎吾と慎吾の手元にあるチキンのバスケットに交互に視線を移していたが、
「………っ」
やがて、
「ほ…ほんとに……」
とうとう、
「…分かります、か…」
「うん」
ついに、
「こっちおいで。あんまり大きな声じゃ言えないから」
彼は、堕ちた。