高瀬準太の欲しいもの③
目の前に用意されたチョコレートパフェとケンタッキーのチキンを準太は無言で見遣った。
「…あー、えっ、と…」
これは、食えってことだよな、と思いながら、でも何故この組み合わせなのかという疑問をはたして阿部に投げかけてもいいものかどうか準太は迷っていたのだ。
「準太さん…」
「えっ、なに?」
「…キライ、でした?」
差し出す時の自信なさげな表情を見ていただけに、阿部が今準太の反応にものすごく不安を覚えているのは分かっていた。なにせ「プレゼント持ってきました」というので「えっマジで!?」と驚いて阿部の動作を見守っていれば、テーブルの上に広げられた包みからはファミリーパックのチキンと今まさに喫茶店から持ってきましたと言わんばかりのチョコレートパフェが出てきて、しかし阿部は何の説明も理由も準太に告げることはなくただただ無言でじっと窺うように準太を見つめているので、準太も笑顔のまま絶句してしまい今尚どうリアクションをして良いものか悩み続けているのだから。
「いや、好き…だけど」
阿部がくれるのなら何でも構わない、何でも嬉しいが、だがやはり意外といえば意外なプレゼントに、「なんでこれなの?」と訊いても阿部に失礼ではないかどうか、それが準太の中でぐるぐると回っている。
「あ、じゃあ、食おうか」
「…、はい…」
気まずい。
どうにも気まずい。
阿部の持ってきたプレゼントのせいではないことは準太にも分かっていた。
これはあれだ、30分前にかかってきた両親からの電話のせいだと準太は心の中で舌打ちをする。
誕生日当日は月曜だから、1日早い日曜に阿部を家に呼んだ。たまたま用事で両親と弟は出かけていて夜は遅くなると聞いていたので、ラッキー程度にしか思っていなかった。それが、である。
『島根のおばあちゃんが急に容態悪くなったみたいだから今から行って来るわね。帰りは多分明後日くらいだと思うから』という母親の言葉に、「あ、じゃあ今日遅くまで一緒にいられるかも」という考えが過ぎり、「えっ、ていうか日付変わる瞬間も一緒にいれんじゃねぇの」という考えに変わり、
「…っていうか……」
「じゃあ今晩、泊まってもいいですか」
こんな言葉がまさか阿部本人の口から出てくるとは思わなかった、のに。
「え、いい、…の?」
電話の内容を何でもないことのように振舞いながら簡単に阿部に伝えると、準太の頭の中で暴走族のようにパラリラ煩く走り回っていた誘惑の張本人が自ら言ったのだ。
「準太さんさえ迷惑じゃなかったら…」
「めっ、迷惑なんか!ンなことあるワケッ!」
……ない、と小さく苦しげに言った準太に、じゃあ、いいですか?再び阿部はそう訊いた。準太は今までで一番と言ってもいいほどぶんぶん首を縦に振った。
だがしかし突然降って湧いた幸運に、何も心の準備をしていなかった準太はそう簡単に事態を受け入れられずにいた。意識し過ぎる方がかえっていけない、隆也を見習えと自分自身に言い聞かせる。そう、全然意識していない隆也を…とそこまで考えてはたと気づく。
(意識…して、…ない…?)
そう、準太の目に映る阿部は、この状況に全く動揺も困惑も見せていないのだ。2ヶ月前の初めてのキスの時はあんなにも目を潤ませて顔を真っ赤にさせて唇を強く強く引き結び、それこそ舌など挿れられないくらいがっちりと唇を閉じて歯も食い縛るほど緊張していたあの阿部が、今夜二人きりで夜を過ごすというこの状況下でこの落ち着きようは何なのだろう。
そんなよく分からないもやもやした気持ちのままとりあえず食事にしようとなり、阿部がプレゼントと言って件のものがテーブルに並べられたので、ますます準太の頭の中には疑問符が飛び交うこととなったのだった。
(どういうことか分かってねーんじゃ……)
「準太さん、ケーキ切りましょうか」
「あ、うん、そうだな」
準太の気を知ってか知らずか恐らく後者で、阿部は冷蔵庫を指差した。
取り出した正方形の紙箱の中にはこじんまりとしたホールケーキが鎮座しており、白い生クリームの上には記念碑のようにその存在を主張するチョコレートプレート、そこにはホワイトチョコのペンシルで『HAPPY BIRTHDAY JUNTA』の文字と明日の日付が筆記体で書かれている。
「すげ、名前入れてくれたんだ」
「そりゃ誕生日なんですから」
これを阿部が注文して、プレートに書く文字を店員に伝えた時の恥ずかしそうな顔を想像すると頬が緩んだ。
「…なにニヤけてんですか」
「ん?嬉しいな~って思って。ありがとな」
だが阿部はいつもするように照れ隠しに唇を尖らせ眉根を寄せはしたが、その後フッと寂しげな瞳になった。あれ、と準太が気づくほどにはそれは確かな変化で、どうしたのか訊ねようとした時、阿部は「切れました」と行って包丁を置いた。そしてじっと準太を見上げる。
「…えっ、なに?」
まじまじと見つめられて僅かに鼓動が速くなる。いつもは自分の方が阿部を見つめることが多く、こうしてじっと見られることに慣れていない自分に初めて気づく。
阿部は黙って準太の目を見たまま、ふわりと腕を持ち上げる。準太の動悸は早鐘のように激しくなる。そして、
「……た、隆也…?」
阿部の手はぺた、と準太の胸に置かれた。と思ったら今度はその手を準太の肩に当て、じっと何かを待っているようだ。
「…何やってんの?」
至極尤もな質問を投げかけても阿部は返事をしない、しないがまた準太を見上げて、まるで準太が何か答えを与えてくれるのを信じているかのように、タレた目で真摯に準太を見つめてくる。
これがまだ、首に腕を回されたり腰に抱きつかれたりしたなら準太も阿部を抱きしめただろう、だがしかし阿部自身何をしているのか分かっていないような表情で、文字通り手探り状態で準太に触れてきているのだから意味が分からない。
しかし愛しい恋人がこんなにも近くで瞳をうるうるさせて(欲目だと言われてもそう見えるのだから仕方ない)首を傾げて窺うように見つめてきて、それで何もしないなんて彼氏として最低なんじゃないかと準太は思い直す。
「っ隆、」
「ケーキ食べましょうか」
準太が阿部を抱き寄せようとしたのと同時に阿部ははあっと短く息を吐くと、くるっとケーキに向き直った。まるで三振のようなスカッとした空振りの感触を準太は両腕に覚え、何とも言えない虚無感と屈辱感が胸に広がった。