あの夏の花火
準太×阿部←島崎/大学生設定
ドーンと大きな音が鳴って、夜の世界は一瞬昼間になった。
真っ白な太陽はすぐさま橙色の光の滴になって真っ暗に戻った夜空に散っていった。
たーまやー!と無邪気にはしゃぐ山ノ井が、嫌がる利央に肩車をせがんで追いかけ回す。それを笑って見ていると、河合がビールの缶を手渡してきた。さんきゅ、と言って受け取ると、お前いま彼女いないの?と唐突に訊かれた。
「ナニ突然」
「いや、今日の花火こっち参加してるからさ。いないのかなって」
毎年、高校時代の野球部のメンバーは会場より一駅離れた穴場の駐車場に集まる。屋台はないがコンビニで買い込んできた酒とツマミで充分だ。
「何だよ、来ちゃいけねーの?ヒデーな」
「そういうワケじゃないけどさ。お前結構色んな奴とつるんでるから、今日はこっち来ないんじゃないかって思ってたんだよ」
河合の言いたいことは分かる、どうしてわざわざ傷口に塩を塗りたくる人間のいるところへやってきたのかと言いたいのだろう。
「もしかして準太が阿部くんこっちに呼ぶかもって期待してたんじゃないのー?元カレ慎吾クンは!」
利央の首にぶら下がって山ノ井が大きな声で茶々を入れてきた。ヤマちゃん相変わらず容赦ないなぁ、本山が苦笑する。
「利央に呼んでもらったらー?気が向いたら来るかもよ?」
「もーっ、ヤマサン離してくださいよぉ!ぐ~る~じ~い~~っ!」
「来るワケないだろ」
自分で言って自嘲した。そうだ来るわけがない、せっかく今日は二人で花火を観に行っているというのに。つき合い出して、初めての花火に。
「まぁ俺らの集まりは彼女より友情派な奴ばっかだからね!準太は土下座しても今年は呼んでやんないつもりだったし~」
「えー?ヤマサンたかや呼ぼうっつってたじゃないスかぁ」
「だから準太は呼ばないつもりだったんだって」
「で、マジに阿部くんは呼んでみたの?ヤマちゃん」
本山の質問に、山ノ井はうんと頷いた。
「そしたら何故か準太から断りのメールが来た。あいつには声かけてないのにね。マジウザいわー準太」
その言い方に全員が笑い、空を見上げる。色とりどりの花火が、少し時間を空けてゆっくりと空に打ち上げられた。
去年は、二人で観に行った。やっぱり会場から少し離れたところで、要望どおり浴衣を着て来てくれた彼にひどく感激したりした。 そうだ、彼はいつも従順で、何でも言うことを聞いてくれた。まるでそれが彼自身の幸せだとでもいうように。
二人きり、手を繋いで、眩い花火に目を奪われていた。
こんな綺麗な花火、初めて見ました。彼は花火に釘づけになったまま、小さな声で言った。
なんてことない、地元の花火だ。特別打上数が多いわけでもない、他にもっと大きな規模の花火大会はあるのに、彼が本当に嬉しそうにはにかんだから、
うん。俺も。
そんな、柄にもない本音を漏らしたことを思い出した。
またひとつ、大きな閃光が夜空を照らした。
今もどこかで、彼も同じ空を見上げているんだろう。
この数千発の内のたとえ一発でも、去年のことを思い出してくれてはいるだろうか。今年の花火は、去年よりも綺麗に彼の目に映っているのだろうか。
光の粒はひゅるひゅると舞いながら、やがて夜の闇に吸い込まれるように消えていった。
end