KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

幸福選手権

 

島崎・準太・利央→阿部

 

「大体なんっで準サンと慎吾さんまでついて来てんのぉ!!」

広い店内の一角で、もう我慢ならないとばかりに利央は声を荒げた。目の前には阿部の隣をキープしてどっかりとソファにふんぞり返る準太がいる。

「ハァ?そりゃお前が西浦の奴と会うっつーんだからキョーミあるじゃん」

準太はアイスコーヒーを一気に半分まで飲むと、グラスの表面に大量についた水滴に顔を顰めて紙ナプキンで拭いた。薄いナプキンにあっという間に水が広がり、指先を拭くと同時にそれは簡単に破れてしまう。

「…まぁ準サンは100万歩譲ったとしてまだ分かるよ、これからが自分達の年なんだから」

お前に分かってもらわなくても別にいーけど、と内心そう返して、

「でもここに慎吾さんがいるのだけはどーにも納得出来ねーよな、利央」

「出来ない!」

利央の恨みがましげな非難の目を阿部の向かいの席に座る男へと華麗に誘導した準太は、グルグル唸る駄犬(大型血統書付)と一緒に共通の敵となった慎吾へ冷ややかな視線を向けた。その表情が何とも楽しそうにニヤニヤしていることに利央は気づかない。

「え?お前ら何言ってんだよ。俺は阿部くんと実際に試合したんだぜ?あの試合内容とこれからの高校野球について阿部くんと語り合うには俺抜きじゃ始まんねーだろ?」

寧ろこの場に一番不要なのは阿部くんと全く試合してないお前だ利央、と慎吾は余裕で言い返す。

「俺が田島に頼んだんだから俺には阿部くんと会う権利があるっ!」

「だからお前には交渉権を譲ってやったろ。それを駆使してこうして阿部くんと会えることになったんだからありがたく思えよな」

「つーか何で準サンがそんなにエラソーなんだよっ、勝手に阿部くんの隣陣取るし!慎吾さんも阿部くんの向かいに座るしさぁっ!」

これじゃあ俺と阿部くんがしゃべれないじゃん!と利央が椅子に座ったまま駄々を捏ねた時、「店内でお召し上がりのミラノサンドCでお待ちのお客様~」と言うカウンターからの声に、それまで全くと言って良いほど無言だった阿部はすっくと立ち上がり席を外した。

…ようやくあの場を離れられた…

何故自分がこんなところで一人、違う学校の野球部員に囲まれてミラノサンドCなど注文しているのか阿部はもう一度考え直してみる。

そう確かに、さっきあの日本人離れした綺麗な顔立ちの男が言っていたように、阿部は田島に誘われたのだ。「桐青の一年生捕手が阿部と話してみたいんだって」そう言われ、1回戦で当たる前に徹底的に調べ上げた桐青高校野球部員データの控え選手にいた顔を思い出した。

あの試合後も何か話しかけてきたし、その場で田島とメアド交換までした勢いある奴だったから好奇心や探求心が旺盛なんだろうと思う。だから同じポジション同士、色々と情報交換したいのだろう。そう結論に至って阿部はすぐにOKした。

が、二年生投手の高瀬準太と三年生の島崎慎吾が来るとは聞いていなかった。そして今の会話でそれが利央にも予想外の事態だったことが分かる。恐らく今日自分達が約束していることを知った二人が勝手について来たのだろう。それに関して文句はない。こちらも急に田島の補習が入り阿部一人で来ることになってしまったので、何となく申し訳ないと思っていたところだった。

「別にやじゃねーけど、」

カウンターに出された出来立てのサンドウィッチの載った皿に手を伸ばし、だが阿部は小さく溜め息を吐く。

「長引きそうだなぁ…」

「何か用事でもあった?」

「え…っ」

突然背後から降ってきた声に僅かに驚いて振り向くと、さっきまで二人に責められていた慎吾がニコニコ笑顔で立っていた。

「俺、Bセット」

「あ…」

慎吾の指差したトレイには阿部のとは中身の違うサンドウィッチが載っていた。肉系を選んだ阿部とは違い、アボカドだのシュリンプだの到底腹の満たされそうにないおしゃれな具材がパンを持ち上げている。

どうやら阿部が色々思い返している間に慎吾も呼ばれたらしい。慎吾はプラスチックのコップにあの二人の分も水を注いでいた。阿部の差し出したトレイにありがとうと礼を言い2個ずつコップを載せる。またさりげなくにっこり微笑まれ、正直阿部はどう返して良いか反応に迷う。

大体、どうして利央と阿部が会うからといって二人までついてくるのか、それは利央に限らず阿部も疑問に思っていた。特にこの引退した慎吾がわざわざついてくる理由が全くもって分からない。何とも説明し難い変な感じを胸に抱えたまま、阿部は慎吾の後について再び賑やかな席へと戻って行った。

「で、一体利央は阿部くんと何話そうと企んでたワケ?」

「たく…っ、て、そんな言い方しないで下さいよ!俺はただ、その、捕手同士さぁ、こう、色々とアドバイスとか助言とかを」

「アドバイスと助言て意味おんなじですけどー?バカのくせに難しい言葉使うなよなぁ利央」

「うるさいって準サンっ!!」

会話の中には確かにちらほら自分の名前が出ているのに、阿部は会話に入れない、どう入って良いか分からない。どう見てもこれは単なる先輩方の後輩いじりでしかないからだ。

「ホントはもっと他に訊きたいことあんじゃねェの?」

「な、何だよォそれ…ってか二人とも用ないならついて来なきゃいいじゃんかー!」

「お前には用ないって言ってるだろ?もう帰っていいぞ」

「あっは!慎吾さんヒデー!」

確かにヒドい、と阿部も思った。だが第三者から見るぶんには利央は本当に可愛がられている。いちいち本気で怒ったり突っかかったりするから尚更先輩を喜ばせているのだ。別段同情するでもなく阿部はふたつに切られたミラノサンドの片方を両手で掴み、口に運んだ。シャキッと響くレタスの小気味良い歯ごたえの後に甘い照り焼きチキンの味が口の中に拡がる。

「ホラ利央、さっさと訊いちゃいな?阿部くん帰っちゃうよ?」

散々いじり倒しておきながら慎吾はそう言って利央を急かす。そうだ、利央は多分色々と訊いたり話したりしたいはずなのだ。だから田島を通してでも阿部と会いたがったのだから。阿部はこの不毛な先輩後輩のじゃれ合いから逃げ出すためにも、利央の目をじっと見ながらもぐんもぐんと咀嚼を続けた。

「うっ、あ、阿部、くん…!」

「何だ?」

「あ、えー…っと、あの、訊きたいことがあるん、です…ケド」

「うん」

「あの、阿部くん、は、」

まるで三橋みたいにしどろもどろにどもりながら、それでも精一杯な表情でなんとか阿部の目を真っ直ぐに見て利央が何かを口にしようとしたその時、

「阿部くんて彼女いるの?」

横からあっさり割って入った準太がとんでもないことを口にした。

「!!!???!?!?!?!?じゅっじゅっ、じゅじゅ…っっっ、、!?」

「あ、俺もソレ訊きたい」

「しっしし、しんごさんまで!!?!?」

自分達が背中を押しておきながらまたも利央の発言を遮る準太とそれに便乗する慎吾。彼等のチームワークは野球以外でも相当のものらしい。

「え、いません、けど」

「あ、マジで?…じゃ彼氏とかは?」

「は?」

「しんごさぁぁぁんんんん!!!!!!!」

隣に座る慎吾の肩と胸倉をむんずと掴みガックガックと前後に揺さぶる利央は、もうTPOなど全く無視で大声で慎吾を制止しようとする。

「ちょ、仲沢!声デカいっ」

さすがに焦った阿部が人差し指を口に当てるジェスチャーをすると、利央はハッと我に返ったように口を閉じた。普段怒鳴った声が大きいとチームメイトに言われるが、自分もこんなんなんだろうかと阿部は少し反省する。これは確かに周囲に迷惑だ。

「うっせーな利央ー、黙れって。だっからお前はアホだっつわれんだよ」

「準サン達がそんなこと阿部くんに訊くからだろぉ!!」

努めて小声で反論する利央に、あれお前訊きたくねぇの、慎吾はしらっとそう言った。利央はうっと言葉に詰まる。

どうしてそんなことを訊かれるのか阿部には全く理解が出来ない。まぁそういう年頃なのだからチームメイトなら一度は訊くかもしれないが、他校の、しかもちゃんと話すなんて今日が初めてのこのメンバーでなぜそんな話になるのだろうか。利央はなぜか頬を朱に染めてバツの悪そうな顔で阿部を見、ごめんねと謝った。

「で、なに?訊きたいことって」

さっきの彼女彼氏質問は終わったものと判断して、阿部は再び利央の言葉に耳を貸そうとする。

「あ、うん、あの…さ、良かったら、」

「阿部くんのアドレス教えてもらえない?」

「え、」

「準サンんんんーーーーっ!んんーーーーーっ」

また雄叫びのような大声を上げた利央の口を慎吾は勢いよく平手打ちするように塞ぎながら、

「俺も教えてほしいな。あ、利央は田島通せば阿部くんに伝えてもらえるからいいよな」

「んーーーーっ!!んんーーーーっんーーーっ」

完全に遊んでるな、と阿部は思った。恐らくこの二人は利央に最後まで言わせるつもりはないのだろう。つまり今日この二人が利央について来たのは、ただ本当に純粋に利央をいじめるためだけなのだという結論に阿部は至った。だとすればもう、今日はじっくり話すことは不可能だ。

本当に準太が携帯を開いて阿部との距離を詰めてきたので、阿部はもう素直に準太の悪ノリに付き合うことにした。後で俺にも送ってくれと向かいで慎吾が準太に言う。利央は大声を通り越して言葉を失っているようだった。

「じゃ、俺そろそろ帰ります。明日は部活あるんで」

そう切り出すと利央は目を見開いて青ざめた。結局何ひとつまともに会話出来なかったが、たとえあと10

時間粘ったとしてもこの二人がいる限りは無理なので、今日はもう帰るしかないだろう。

「また今度でいいか?悪いな」

「う…あ、べくん…っ…」

利央はうっすら目に涙を浮かべているように見えた。それくらい落胆した表情で、潤んだ瞳で阿部を見つめてきた。

「じゃあ、」

小犬を見捨てる罪悪感にも似た気持ちで阿部が席を立とうとすると、「あ、阿部くん」と思いついたように慎吾も立ち上がる。

「ついてる」

まるでスローモーションのように、その優雅な仕草は利央の目の前で行われた。

慎吾の親指が阿部の唇の端に触れ、横に拭う。阿部の目はもちろん、利央の目も準太の目も、その動作に釘付けだった。慎吾は眉頭を上げて悠然と微笑み、ソースのついた親指を自分の口元へと運……ぼうとしたところで、

「オッ、オイ利央!!何だよ!?」

利央がものすごい力で慎吾の手首を掴み、グググと自分の顔へ引き寄せたのである。

「ギャーーーーーッ!!おまっ、お前何すんだよ!?ヤメロ!!」

般若のような必死の形相で、利央は慎吾の親指についたソースを舐めようと舌を出す。慎吾はさっきまでの余裕はかなぐり捨て利央の頭を掴み腕を突っぱねる。だがどんなに引き剥がそうとしても利央は頑として慎吾の手を離そうとはしない。

「オイ利央っ、ヤメロ!やめてくれーーー!!」

あわや利央の舌がそれを舐め取ろうとしたその瞬間、白い紙ナプキンが慎吾の親指を包んだ。準太だった。

「ちょ、準サン!せっかく俺が舐めてやろうと思ったのに!!」

邪魔されたことに利央が準太に抗議すると、「まぁ慎吾さんのヌケガケも許せねーけど、お前にコレを舐めていい権利もねーからな」と言いながら準太は慎吾の指を丁寧に拭った。

「……婿にいけなくなるとこだった…」

「慎吾さんがあんなことイキナリするからでしょっ!」

「貸し1ッスよ、慎吾さん」

青褪めて泣きそうになっている慎吾と、同じく涙目ながらも憤慨に顔を赤くしている利央、そして悪戯っぽい笑みで歯を見せて笑う準太に、この状況が飲み込めていないのは自分だけなのだろうかと阿部は口に出して訊くことが出来なかった。

……なんなんだ一体……

こうして、ちんぷんかんぷんの阿部を置いてきぼりにしたまま、桐青高校野球部メンバーの闘いは賑やかに開始した。

 

 

 

 end