リトルハピネス
本山×阿部
先に見つけたのは俺の方だったけど、モロに「あ」っていう顔をしてしまった俺に気づいた彼はわざわざ横断歩道を渡ってこっち側まで来てくれた。
「桐青の…本山さん…、ですよね」
さすがというか何というか、噂に違わぬ記憶力の良さ。野球に関しての知識や事前情報はマニアの域くらいまで詳しいらしいけど、1年前に闘った夏大初戦の相手のことを未だに覚えてるなんて。
「西浦の阿部くんだよね。久しぶり」
自分は何でもないことのようにさらっと俺の名前を呼んだくせに、彼は自分が覚えられていることにびっくりしたように目をまん丸に見開いた。
「え、何で俺のこと…」
「そりゃ、」
そりゃあ、知ってるよ。あの大会以降、利央や準太と連絡取ってるんだろう?そんでヤマちゃんや慎吾も一緒になってあいつらと君の話題で盛り上がってたんだから、直接連絡取ってない俺まで何だか君のことは身近に感じてたんだ。
なんて、言えるワケがないんだけど。
「阿部くん、今日は休みなの?随分早いね」
まだ夕方なのに、練習量も練習時間もハンパない西浦にしては帰りが早すぎないかと思って訊いてみる。
「今日はミーティングだけだったんで。本山さんは大学の帰りですか?」
「あぁ、うん。あ、阿部くん…は、この後用事でもあんの?」
彼がぱち、とまばたきして俺を見上げる。なんか俺、ナンパみたいなことしてないか?用事なかったからってじゃあお茶でもとかいう間柄でもないってのに、何訊いてんだ俺。
「用事…」
「あ、いや、ちょっと訊いてみただけだから。ごめん引き止めて」
「本山さんは、ないんですか?」
「え?」
てっきり引かれたと思ったけど、彼は逆にそう質問してきた。
「本山さんこそ用事ないんですか?」
「……う、ん」
ある。
実は、ある。
今日は今から、野球部時代の同級達とメシに行くんだ。……けど……
「ヒマ、なんだ」
許してヤマちゃん。俺一人いなくても盛り上がるからいいよな。だってまさか、もう逢うことなんてないと思ってた相手に偶然逢うなんて。
「じゃあ」
しかもそれが、
「どっか入りませんか。俺も喉渇いてたんで」
あの試合以来何となく気になってた子、だったなんてさ。
俺にしちゃ、ものすごい幸運なんだけど。
「あ、じゃあその先のロイホにでも」
そして俺がロイホを指差したその時、
「おーい裕史~」
「………」
イヤというほど聞き覚えのある間延びした声に思わず指が硬直する。
「…と、……阿部くん?」
「山ノ井さん」
ですよねー。
「あれあれ、こんちは。何してんの?奇遇だね~」
「こんにちは」
ヤマちゃんがニコニコ笑って近寄ってくる。そうだよな、俺とヤマちゃんはいつでもどこでも一緒だったもんな、俺がヤマちゃんから逃げられるワケないっての。大体俺にそんな幸運が降ってくるはずないんだよ。
「さっきたまたま本山さんと会ったんです。で、お互い用事ないからお茶でもしようかって言ってて…」
良かったら山ノ井さんもどうですか、と、正直者で優しい阿部くんは俺との馴れ初めを包み隠さずさらりとヤマちゃんに伝えてくれた、しかもヤマちゃんにまでお誘いの言葉をかけてくれちゃったりする。
「……あ、ふぅーん、そうなんだぁ。裕史この後用事ないんだあ~~~?」
「…ヤマちゃん目が笑ってない」
「じゃあ阿部くんも一緒に来ない?今から慎吾たちとメシ行くんだけどさ。あ、『用事のない裕史』も良かったらどぉ?」
「…喜んで」
「え、あの…」
「あ、ちょうど慎吾から電話きた」
ちょっとごめんね、と言ってヤマちゃんが電話に出る。ワケの分からない阿部くんが俺とヤマちゃんを交互に見遣る。そりゃ分かんないよな。
「あー慎吾、うんもう着く~。あのさぁ、阿部くんもいいよね?うん偶然会ってさ、そう。そう」
電話の向こうの慎吾の返事は予想するまでもない。
「裕史とも合流したから。あーじゃあ全員揃ったな。んじゃ行くわ」
あれ?あれ?って目で阿部くんが俺を見上げる。俺は、もう、赤面する顔を彼に見られないように空を仰ぐしか術がなかった。
「本山さん」
とうとう名前を呼ばれて、観念して阿部くんの方を向く。嘘吐いてゴメン。って、これはヤマちゃんに言うべきなのか?
「良かったですね」
「え…、なに、が?」
阿部くんは電話してるヤマちゃんをチラっと見て、
「誕生日、野球部のメンバーに祝ってもらえるじゃないスか。おめでとうございます」
そう言ってにっこりと笑った。あの試合の時とは全然違う、柔らかい表情で。あぁ、やっぱり、ヤマちゃんたちが可愛い可愛いって言ってたの当たってる。
「……って、…え、なんで誕…」
「さっ行こーか阿部くん」
電話をパチンと閉じてヤマちゃんが阿部くんの肩を抱いたので、それ以上の会話は遮られた。
でも、え、今、なんて……?
俺金ないんで、って遠慮してる阿部くんを、裕史が奢ってくれるから大丈夫だよーなんてヤマちゃんが勝手なことを言いながら有無を言わさず連れて行く。困ったように俺を振り向く彼を安心させるために思わず愛想笑いなんてしてしまった。
だってなんか、なんかこれって、
ちょっと、期待しちゃいそうなんだけど。
end