恋愛における理想と現実
準太→阿部(ハルアベ前提)/成人設定
最近どお?とか
何してるかなーと思って とか
なんとなく声が聴きたくなってさ とか
携帯と睨めっこしながら悶々と悩みまくった2時間半は全くもって無駄だった。相手が酩酊状態じゃ、どんな変化球も通じない。素面の時ですら超絶鈍いっていうのに。
ワケの分からない言葉と地名を何度も繰り返し訊いて、なんとか居場所を突き止める。そこで待ってな、すぐ行くから。そう言うと電話の向こうで、舌っ足らずな心細い声で小さく準太さん、と呟く。
その声だけで、こんなにも舞い上がる。ああもう、馬鹿だよな、ホント。
別に、なんもナイです。ただ飲みたかったから。なんもナイですってば。泣いて、ないです。
酔っぱらいとの会話ほど不毛なものはないだろう。犬と会話してる方が絶対心通じ合う、俺は本気でそう思う。どう見たってヤケ酒で、楽しそうじゃ全然なくて、頑なに家に帰るのを嫌がる。そんな態度取られて、あいつと何もなかったなんて思うはずないじゃないか。
ゆっくりゆっくり車を走らせる、いつでもすぐに停まれるように。
四度目の車を停めて飛び出した背中をさすってやりながらペットボトルのミネラルウォーターを渡せば、彼は苦しそうに呼吸を整えながら、じわりそのタレた瞳に涙を浮かべた。
準太さん、やさしい。
そんなことを言う。こんな状態で、こんな時に。俺の気持ちも知らずに言うから、余計に君はタチが悪い。
俺は誰かさんと違って紳士で、優しくて、頼りになって、君を悲しませたりしない、そんな『イイ人』なんだろう。
だから俺は君を失望させないよう、君の望む理想の男を演じるしかないんだよ。理想と現実は180°違うじゃねぇかって、心の中では思っていても。
俺は昔からあいつが気に食わないんだ。だから君を、あいつの待ってるマンションには送って行かない。本当はあいつのところに戻りたいって思ってるのは分かってるけど、俺のプライド優先させて。
準太さん、とまた弱々しい声で呼ばれて柔らかくブレーキを踏む。吐きそう?と訊けば、目を閉じるのは否定の意味。
めいわく かけて、 ごめんなさい。
小さな子供のように頼りない呂律で彼は言う。迷惑なんかじゃ、ないよ。
あまえて、ごめんなさい。
ぽろりぽろり、赤く滲んだ目尻から大粒の涙が零れ落ちる。どうして泣くの。誰に対して泣いてるの。なんで君は、あいつに甘えられないの。
次の交差点を右折すれば、あいつのマンションはすぐそこだ。素通りしちまえ、そのまま真っ直ぐ、彼の家族の住む家へ。その方がいいに決まってる、あんな奴のとこに、こんな状態で帰らせるわけにはいかないだろ。
準太さんは、なんで俺のこと、なんでも分かるんですか。
舌をもつれさせながら言う。何が、と訊けば、彼はひっくとしゃっくりなのか嗚咽なのか分からない音を出してから、また頬を一筋濡らした。
準太さんに逢いたいって、思ったら、電話が きて、
やがて君は、眠ってしまう。ああもう。本当に、本当に、
信号は青なのに、真っ直ぐ進んでしまいたいのに。俺は憎らしいウィンカーの音に促されるままハンドルを切る。
君の信頼を裏切れない、君の強がりに騙されない俺が、今日もまた小さなプライドを捨てて君の理想の男であり続けることを選んでしまう。
嬉しかったんです、と。そんな些細な言葉ひとつに、やっぱり俺は舞い上がってしまうんだ。
ああ
俺ってホントに、馬鹿だよなぁ。