言えずのI LOVE YOU ①
準太→阿部(ハルアベ前提)/恋愛における理想と現実・後日談/成人設定
別に今更、どうこうなりたいワケじゃない。まず無理だろうとも思うし、あの子が俺の気持ちに気づいてないことも知ってる。
慕ってくれるだけで満足なんだ、それ以上は望んでない。あの子が甘えられる存在であれば、ふとした時に思い出して逢いたいと思ってくれれば、俺はいつだって飛んでいく。それでいい、それがいい。
なのにどうして、こんなに気分が重いんだろう。
利央から忘年会のメールが届いて、俺はすぐには返事をしなかった。行きたくなかったワケじゃなく、こんな沈んだ気持ちのまま行ってせっかくの楽しい時間を白けさせちまうんじゃないかって心配になったからだ。
でも結局、行くことにした。あのアホ面を見れば少しは気分も浮上するだろうと思って。
直接居酒屋で待ち合わせだったから、15分くらい遅れて行った。店員に案内されて一番奥の個室に行くと、ちょうど襖が開いて中からモトさんが出てきた。
「おっ準太、来たか」
「ウス」
そしてモトさんと入れ違いに部屋に入れば、ノーテンキな声が俺を出迎える。
「あ~準サンっ、遅刻ぅ~!!もー飲み放題始まってるからねっ」
「うっせー黙れ馬鹿利央」
久しぶりもお疲れも言う前に開口一番利央を罵ると、他のメンバーは爆笑して「相変わらずだなお前」とか「出たよ準太の暴言ストレート」とか口々に盛り上がった(涙目の利央以外)。やっぱこういう時は利央に当たるに限るな。サンキュー利央。
和サンの隣に座ろうと奥の席に向かったところで、準太、と俺を呼ぶ声がした。慎吾さんだ。
「お疲れッス」
「おー、こっち座れ」
「え、イヤッスよ。俺和サンと語りたいんです」
本当のことだからそう言うと、慎吾さんはかわいくねーなーお前と言って笑った。和サンも笑った。
「おーい利央、ビール追加ー」
「もーっ準サン人使い荒いよっ!幹事俺じゃないんだからねーっ」
ぶーぶー文句を垂れる利央にじゃあ幹事誰だよと訊けば、はいはーいオレ~と全くやる気のない幹事が手を挙げた。そりゃ雑用が利央に行くワケだよな。
「でも忘年会しよって言ったのは慎吾~」と言う山サンの言葉に、えっと俺は声に出して驚いた。それは意外だ。そして和サンも、ビールをひと口飲んでから俺にだけ聞こえるように言う。
「慎吾が言ってたぞ」
「へっ?何をですか?」
「準太がクサッてるから、いっぺんみんなで集まって元気出させてやんねーとなって。心配してるんだよ、準太のこと」
「……」
慎吾さんが忘年会の言いだしっぺだったことも充分驚いたけど、その理由が俺を元気づけるためだったと聞いてますます驚いた。何だよソレ、何で……
「じゅーんた。注げ」
斜め向かいに座る慎吾さんが食えない笑顔でそう言うので、俺は今度は素直に腰を上げた。
「…何で分かったんスか」
「何を?」
慎吾さんのお猪口に熱燗を注ぎながら訊くと、とぼけてるのか本当に分かってないのか慎吾さんは首を傾げる。
「俺、んなクサッてました?」
「あー、」
いや、分かんなかった、と慎吾さんはへらっと笑った。俺そんな準太のこと気にしてねーし、とも言った。意味分かんねェ。
「じゃあ何で…」
「阿部くんにさぁ、会ったんだよな」
「…へぇ」
思わず相槌の遅れた俺の態度に、慎吾さんがにやにや笑ったのが分かる。これじゃあモロあの子が原因ですってバラしてるようなもんじゃねーか。
「んで、お前のこと気にしてた」
「ウソでしょソレ」
「マジだって。心当たりねぇの?」
この人と話すのってホント疲れる、山サンとは別の意味で。部活では頼りがいあったけど、この人って敵に回すとやっかいなタイプだよなぁ。まぁそんなこと、学生時代からあの子を巡って牽制し合ってんだからイヤと言うほど分かりきってるんだけど。
「いつですか」
「んー?えーっと確か…先々週だったかな、偶然駅前で会ってさ。ちょっとお茶してたら、お前のこと訊いてきた」
「何て?」
「いや、最近準太と会ったかって訊かれてさ、会ってないっつったらシュンてして。んで何かあったのかって訊いたら、準太に悪いことしたとか言うからさぁ」
そこまで言うと、慎吾さんは呼び出しボタンを押してから利央に「ほっけの開きな」と言った。おっさんめ。
「で、まぁどう見ても阿部くん元気ないし。落ち込んでるっぽかったからさ」
「訊いたんスか」
「訊いたよ。ちゃんと『家』まで送ってってやったらしいじゃん?紳士だねー」
ずん、と胸に重石が載った気がする。
酩酊状態のあの子を、あいつの待つマンションまで送っていった。色々説明すんのも面倒だし、殴られるなら殴られてもいいと思って、それくらいは覚悟して行った。だけど部屋にいたのはあいつ一人じゃなくて、武蔵野高校時代のメンバーと忘年会でもしていたらしい。
まともに喋れないあの子を抱えてきた俺にあいつはものすごい形相で今にも掴みかかろうとしてきたけど、その場にいた友人や先輩が間に入ってあいつを宥めてくれた。なぜか眼鏡をかけた友人が俺に謝って礼を言い、俺はすぐにその場を去った。
翌日の晩、あの子から電話があった。ひたすら謝られて、気にしてないよと笑って、もう大丈夫?とか訊いて、少し話をして切った。最後まであの子は申し訳なさそうな声で落ち込んでいたけど、気づかないフリで電話を切った。俺が、どうしようもなく苛ついてたから、自分に。
「準太」
呼ばれてハッと我に返る。
「阿部くん泣かせたの?」
「んなワケないでしょ」
泣きたいのはこっちだっつーの、と心の中で反論すると、そうだよなぁと慎吾さんが頷く。
「お前は俺ら先輩にも後輩の利央にもかなりイイ性格見せてっけど、阿部くんにだけはやっさしーい先輩だもんなぁ」
「…ま、否定はしないッスけど」
やっぱお前かわいくないわーと慎吾さんはまた笑った。この人って何でこうなんだろ。あの子のこと落としたいって思ってるクセに、俺のことも心配してる、先輩として。こういうトコが同じ男として憎いなって思う。そんなことを考えてた、ちょうどその時。
「あーっ、きたきた!!」
また間の抜けたアホ利央の嬉しそうな声が一番入口に近い場所から聞こえてきて、俺は何気なくその声の方へと顔を向けた。
「………ぇ、」
そして、絶句。
「たかや!やっと来たー!!待ってたよっ」
さっ入って、ここ座って、と甲斐甲斐しく世話を焼こうとする利央のひょろっと高くて邪魔な背中の向こうに、まさかの噂の張本人。
「…準太、固まってんぞ」
ぼそっと呟く慎吾さんの声にまた意識を取り戻したが、次の瞬間彼と目が合う。彼は一瞬ぱっと笑顔になって(願望じゃない、事実だ)、そしてすぐに困ったような表情になり、躊躇うような瞳で俺を見た。