もしかして
山ノ井×阿部/山さんお誕生日話/大学生設定
異常気象としか言えない今年はまだ9月になっても残暑厳しく、日中の温度は真夏のそれとさほど変わらない。
そんな中、今日は大先輩(たった一、二学年しか違わないのにいつもこう言われる)である山ノ井の誕生日ということで、可愛い後輩と書いて下僕と呼ばれる利央と準太は今夜の『山ノ井圭輔生誕祭』のための食材一式の買い出しに追われていた。ちなみに一週間後は『島崎慎吾生誕祭』が待ち構えているのだが、一週間しか違わないんだから合同にしてくれと何度お願いしても二人は許してくれないので、毎年9月は山ノ井と島崎にこき使われる後輩達なのだった。
「ねぇ準サァン、ちょっと休憩しようよ~」
「そうだな…このまま戻っても休ませてくんねーだろうしな」
というわけで二人はその辺のコーヒーショップに入った。傍目には異色なこの美形二人が、だが両手にはスーパーとディスカウントストアの袋を汗だくで持っていて、まさか先輩達から常にパシリに使われているとは誰も思わないだろう。
「ねーねー準サン知ってたぁ?今日ねぇ阿部くんも来るんだって!」
アイスのカフェモカをゴクゴク飲んで一息ついてから利央は思い出したように言った。
「え、マジ?つか何でお前が知ってて俺がそれ知らねんだよ」
「だって阿部くんがメールで教えてくれたんだもん」
「いつ」
「昨日の夜だよ~。ヤマサンの誕生会するんだーって言ったら阿部くんもそれ呼ばれてるって返事きたの」
「だったら!すぐに!俺に教えろよボケ!!」
「いったぁー!何で殴んのぉ!」
そうと知っていたらつい先日買ったばかりのあの服を着て来たのに。確かこの間会った時もこの服着てたんじゃなかったっけどうしよう服のレパートリーすげー少ないんだなって思われたら、と思春期真っ只中の中学生みたいに焦る準太の心中など察することも出来ず、利央は殴られた頭を涙目でさすった。
「もう行くぞ!」
「えーっ、ちょ、俺まだ飲み終わってないよぉ!」
「知るか。一番でっかいやつ頼むからだろ。歩きながら飲め」
「何で準サン怒ってんのぉ!?」
後ろからぎゃあぎゃあ言いながらついてくる利央を無視して準太はずかずか歩いて山ノ井のアパートへ向かった。大体全員が集まるのは夕方だから、それまでに一通りの準備は出来ていないといけないのだ。何年経っても永遠に覆されることのない先輩と後輩の関係が恨めしい、と準太は常々思っていた。
チャイムを押して、鍵なんて掛かっていないのは知っているから遠慮なくドアを開ける。と、玄関には山ノ井以外の人物の靴が既に一足置かれていた。
慎吾だろうかとも思ったが、確かバイトで河合と本山も午前中から出かけていて全員が揃うのは夕方だと聞いている。ということは、
「おーいらっしゃ~い」
「ちわ。邪魔しまーす」
「あーっ、阿部くん!」
部屋からした声は山ノ井だったが、やがて二人を出迎えたのは家主ではなく阿部だった。以外な組み合わせに一瞬驚いたけども、予想外に早く会えて利央と準太としては喜ばしいことだ。
「もう来てたのぉ!?早いね!」
「あ、あぁ」
よっこらしょっといかにも億劫そうにようやく部屋から出てきた山ノ井は、利央達から受け取った袋から中身を取り出している阿部の後ろに立つとにこにこしながら阿部に言った。
「そりゃ早いよね~。一番乗りだもんね」
「そうなんだ、何時に来たの?」
「えっ…、」
準太の問いに明らかに戸惑ったような反応を見せた阿部に、それこそ準太と利央は戸惑った。え、何その反応。何かおかしなこと言ったっけ?である。
「何時だっけ、4時くらい?」
「…あ、ハイ…」
「は?まだ2時じゃないスか」
「昨日の4時だよねー」
実際には「ね~?」という腹の立つ語尾と可愛い子ぶった首の傾げ方をした山ノ井に、阿部は少し頬を赤くして気まずそうに小さく頷く。その表情も仕草も、準太や利央から見ればとても可愛い、のだが、しかし。
「え?も、もしかして泊まったの?」
「えぇっ!?ヤマサンいつの間にそんな阿部くんと仲良くなったのォ!?ずるーい!」
「え~?いつからだろ~。いつだっけ?ね?」
「…も、もぉいいでしょ。準備しましょう」
なんだ、何なんだこの空気は。むず痒いような、甘ったるいような、わざとらしいようなこの微妙すぎる空気は。
山ノ井の表情はいつもと変わらず読めないが、目の前の阿部のなぜか恥じらっているこの雰囲気は何なのだ。
「あ、ねーねー確認すんの忘れたんだけどさぁ、醤油ってあったっけ?買ってきてないんだけど」
「山ノ井さん、醤油ありました?」
「………」
「ヤマサン?」
「………」
さっきまで台所をウロウロしていたくせに山ノ井はなぜか急に無視を決め込んで部屋に戻る。え、なに、何か俺悪いこと言った?と焦りかけた利央の隣で、阿部が小さく溜息を 吐いたのを準太は見逃さなかった。
「…け…圭輔…さん。醤油…」
「あ、醤油?あったと思うよー買い置き」
にぱっと笑ってこちらを向いた山ノ井に、阿部はもう、と悔しそうに唇を引き結んだ。
けいすけさん?
今、圭輔さんて言った、か?
しかも、相当恥ずかしげに。
ちょっと待て、整理してみよう、と準太は自分自身を落ち着かせるように頭の中で言い聞かせた。
阿部は、昨日山ノ井の部屋に泊まった。
今日は山ノ井の誕生日である。
阿部が山ノ井を名前で呼ぶまで、わざと山ノ井は聞こえないフリをした。
阿部がなんだか照れている。
山ノ井はとっても嬉しそう。
そこで折りしも携帯が鳴った。
「あ、電話。隆也とってー、つかどこで鳴ってんだろ?」
「ベッドじゃないスか?昨日寝ながら打ってたまんまでしょ」
「あーそうだったそうだった。んで今朝寝起きの隆也に踏まれたんだっけ」
「だっ、だって下敷きになってるなんて思わなかったからっ」
「「……えっ……?」」
end