少しの本音と言葉とキス②
真っ暗になった部屋、その中でゆっくり近づいてきた慎吾さんの影だけはなぜだかくっきりと浮かんでいて、その影に包まれるようにしながら身体が促される。ハッと正気に返った時には俺はベッドの中で慎吾さんを見上げていた。
暗いと思っていた部屋の中がいつの間にかぼんやり明るくさえ思えて、慎吾さんの顔が、表情が、はっきりと分かる。俺の今の表情も慎吾さんに丸見えなんだろうかと思うと、両腕で顔を覆い隠したいくらい恥ずかしくなった。
「…隆也」
熱っぽい声で呼ばれて、身体の奥からくすぐったい震えがあぶくみたいに湧き上がってくる。慎吾さんの声はどうしてこう、俺の身体をかき乱すんだ。
「っ…ん…」
今日2度目のキス。さっきエレベーターの中でしたのとは違う、舌が、入ってきた。
「んふ…っ、ぅ」
吸われて、咬まれて、舐められる。どんなに逃げても慎吾さんの舌からは逃げられない。身体が熱い、心臓がドンドンと胸を叩いて、息苦しいのにもっと強く抱きしめてほしいって思ってしまう。
慎吾さん。
「ッア…」
背中を撫でられて腰を浮かせると、そのまま慎吾さんの手のひらは滑らかに降りてきた。その手が明らかに一瞬固まって、もう片方の手が浴衣の上から前をまさぐるみたいに撫でる。
「っあぁ…」
鼻から抜けるような甘えた声に自分でぎょっとした、けど慎吾さんはペロリと下唇を舐めると、浴衣の合わせ目からじわじわ指を忍ばせてきた。
「ゃ、っ…ん、」
「隆也、穿いてなかったんだ」
直に触られて一気に血液が集中する、そこから走った電流のせいで舌が痺れた。
「っだ、…て、い、きなりっ…、」
「いきなり連れて来られたから?」
楽しげに言われて悔しかったから睨んでやると、慎吾さんはますます楽しそうに笑って口づけてくる。
「俺の貸してあげるのに」
「っい、いいです…」
なんだ残念、また笑いながらそう言って、やんわり握った俺のソレを慎吾さんは揉みだした。
「アッ、っぅんん…っ、は、」
初めてじゃないのに、慎吾さんにこうされるのは初めてじゃないのに、俺はこの行為に何度も何度も狂わされる。呼吸の仕方を忘れるくらい、頭の中がめちゃくちゃになってしまう。
緊張してるねって、慎吾さんが言った。うん、してる。初めて慎吾さんとこうなった日と同じくらい、全身がガチガチだ。
慎吾さんが俺の首元に顔をうずめるようにして、開かされた脚の間にゆっくりと腰を下ろしてきた。腰に巻いていたバスタオルは布団との摩擦で、慎吾さんの身体から離れてしまった。
「っ…!」
腰を擦り付けられて全身が粟立つ。熱くて湿った互いの中心がくっついて重なって、
「や、やだ…」
「ん?イヤ?」
なんで?って優しい口調で慎吾さんは訊いてくる。イヤじゃない、やめてほしいんじゃないんだ、でも、
「あっぁ…っ、ゃ、んん…っ」
「こうされるの、イヤ?」
だって、熱い。ベタベタして、硬くて、どんどんヌルヌルなっていく。ソコから生まれる快感が皮膚のぎりぎり下をすごい勢いで走って、頭のてっぺんまで突き抜ける。
「あっ、んゃ、しん…ごさっ…、も…」
「気持ち良くない?」
「い…ぃ…けど…っ、ハッ…」
慎吾さんは自分のと俺のをひとまとめに握ってゆるゆる扱き始めた。いやだ、恥ずかしい、こんなの…
「俺も、…イイ」
吐息に混じった慎吾さんの声は、ただでさえ熱い俺の身体を更にぐっと湿らせる。腰を上下にスライドさせて、慎吾さんのと俺のが、まるで口づけ合うみたいに角度を変えてくっついたり押し上げたり、もう硬くてぐちゃぐちゃで何がなんだか分からない。
逢いたかったよって、慎吾さんが言った。俺も逢いたかった。メールとか電話とか、そういうのの回数減らしてもいいから逢いたいって、ガラにもなくそんなことも思ったりした。そこまで思って、あぁまた言葉にしてないって気づいて、声に出して「俺も」って言った。慎吾さんは嬉しそうに微笑う。こんな、大人びたのとはまた違う笑い方するんだ。
「…っ、…」
また唇を重ねられた。もうくしゃくしゃになってしまった、纏う意味を成さない浴衣の上から慎吾さんは俺の胸に触れる。布越しに鈍く響く爪の感覚がじれったくて、肩を動かして脱ごうとすると、だめ、と慎吾さんに窘められた。なんでっていう目を向ければ、着てる方が色っぽいって言われる。なんだそれ、だってジャマだ、引っ張られる感じがするし、いっそ何も着てない方が恥ずかしくないのに。でも慎吾さんはこんなに裾を捲り上げて俺の脚をめいっぱい開かせるくせに、それでも帯は解いてくれなかった。
「ぅあっ…、あ、んんっ…!」
「…一緒に、イこっか」
慎吾さんの手の中から聞こえる粘ついた水音が俺の耳を舐めるように入ってきて、なんかもう、そこから身体の中が溶けちゃいそうになる。スピードを上げて慎吾さんがソレを扱く、気持ちイイ、すごく気持ちイイ。身体中が熱くて心臓がこれ以上ないくらい速く脈打って苦しい。冷やしたはずの室内の温度がどんどん上がっていって、息がいっぱいいっぱい、もう、だめだ。
「 っ…ぁ、あ…っ!!」
「……隆也っ…」
すごい、一緒に出た。整わない呼吸、上下する肩、朦朧とする意識の中で自分の腹に白濁した粘液が飛び散ってるのを見る。これ、どっちのだろう。……どっちの、も、なんだろうな。
ふと気になってそっと顔を上げてみれば、俺をじっと見ている慎吾さんと目が合った。うわってびっくりして慌てて下を向いたらふっと影が出来て、額にちゅってキスされる。
「あ、ちょ…っと待って」
俺が腰を捩ると、慎吾さんは少しだけ焦ったように俺の肩を押さえた。どうしたのかと思って慎吾さんの顔を見上げると、ばつが悪そうに苦笑した慎吾さんはすぐ治まるから、と言った。
「え?……ぁ、」
未だ重なり合ってる慎吾さんのは、今さっきイッたばかりなはずなのにまたすぐに硬さを取り戻していた。
「久しぶりだから元気いいわ」
そう言ってまた苦笑いしながら、慎吾さんは握っていた手を開いて俺から身体を離そうとした。
「……たか…」
俺は、慎吾さんの腕を捕まえた。無意識に、じゃない。咄嗟に上体を起こしたけど、無意識じゃない。だってまだ、まだ…終わってほしく、ない。
「………」
言わなきゃ分からない、それは分かってるけど言えない。何て言っていいのか分からない、けど、
「……慎…吾…さん」
「……隆也?」
俯いた顔を上げられない。だけどこのまま、離れるなんてイヤだ。
「…明日も練習、だろ?」
静かな声で慎吾さんが問う、俺はこくんと頷いた。
「随分久々だし…さ」
また俺はこく、と頷く。顔が熱くて、とてもじゃないけど慎吾さんの目を見返すことは出来ない。
「身体……、キツイんじゃない?」
慎吾さんの言いたいことは分かってる。俺のためを思って言ってくれてるのも分かってる。だけど俺は首を振った。いっぱいいっぱい、大丈夫だって首を振った。
いいの?って、慎吾さんが訊く。俺は黙って頷いた。
もう一度、念を押すようにいいの?って訊かれる。だから俺は、またうんうんって頷いた。いいよ、いいんだ。俺、慎吾さんともっと触れ合いたい…から。
「そっか、隆也がいいんなら…」
ふわ、と覆い被さられて再びベッドに仰向けになる。すごく間近にある慎吾さんの瞳から目を逸らせなくて、でも多分俺の目は泳いでる。慎吾さんは今日初めて見る少し意地悪そうな顔でフッと微笑うと、
「いっぱいしつこくしてもいい?」
「っ……ど、どれくらい…ですか」
少し身構えた俺を見てにやにやしながらうーんそうだなぁってわざとらしく考えるふりをした後、俺の耳をまた甘く咥えて吐息でくすぐるように囁く。
「明日、俺がおんぶして西浦まで送ってかなきゃダメなくらい」
そんなことになったら、また田島と三橋が大騒ぎするじゃないか。絶対ダメです、やめて下さい。そう言いたかったのに、やっぱり俺の小さな抵抗は今日何度目か分からないキスに溶かされてしまった。
end