KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

そうだドライブ、行こう。

 

準太×阿部/大学生設定

 

聞き慣れないアナウンスに違和感を覚えて、いつの間にか眠っていたことに気がついた。次にばちっと目が開いて、勢いよく顔を上げる。いつも混んでいる車内が、なぜかガラガラだった。

「寝過ごした……よな」

高校時代の野球部のメンバーと飲んで、いい気分で電車に乗った。ちゃんと最寄り駅で降りていればなんの問題もなかったのだが、携帯のディスプレイに表示されたデジタルの時計はすでに日付を越えていて明日になっている。

慌てて反対側のホームに渡ろうとすると、「もう最終は出ましたので」と駅員に行く手を阻まれた。

タクシーで戻るにも、終着駅のここと自宅の最寄り駅がメーターにしてどれくらいかかるのかも分からない。しかも深夜料金なのだから考えるだけバカバカしい、と思った。

「ネカフェかどっかで始発まで待つか…」

とりあえず自宅に電話をして状況を説明する。案の定もう寝ていたから迎えに行けない、始発で帰ってこいと言われてやっぱりなと溜め息を吐く。しかしまだ絶望するのは早かった。

「…ネカフェどころかコンビニすらねーじゃん…」

一番開けているはずの駅前ロータリーにはコンビニらしき建物はあるが24時間営業ではないらしく、ケースの欠けたジュースの自動販売機(しかも聞いたこともないメーカー) のみがその場に頼りない灯りを提供していた。タクシーすら停まっていない。

「マジかよー…」

少し歩けばホテルか何かあるだろうか、最悪公園で野宿だろうかとようやく事の深刻さに気づき始めた脳が、現実を拒否したいのに出来ない葛藤に苦しみながらぐるぐる唸る。とその時だった。

「あ…」

携帯が震える。メールが来た。

『高瀬 準太』の表示に心臓が跳ねる。

 

今何してる?

 

彼は電話をかけてくる前、必ずこうして阿部の都合を伺うメールを送ってきた。

 

途方に暮れてました

 

何で?つか電話していい?

 

一度も断ったことなんてない。なのに準太はいつも阿部に断ってから電話をかけてくるのだ。はい、と返事を送ってからの数十秒がものすごく息苦しいのも知らないで。

突然かかってきたら、それはそれで緊張するかもしれないが、今からかかってくると分かっていてそれを待つのも心拍数が急上昇して辛いのに。

ブルッと震えた携帯を反射的にぎゅっと両手で押さえるように掴む。すぐには緊張して出られないから、2コール、3コール目で一旦咳をしてから通話ボタンを押すのもいつものことだった。

『何で途方に暮れてんの?』

相手はすでに笑っている気配。楽しげな、少し低い声にまた胸が高鳴る。

「実は乗り過ごして…最終の駅まで来ちゃったんです」

『最終?どこ?』

真後ろの駅の看板を見上げて駅名を言うと、ぴたりと宛てていた受話器の向こうから大爆笑されて耳がキーンとなった。

「いきなり笑わないで下さい!耳潰れるでしょ!」

『マジで!?ンなとこまで行ったのっ!?バッカじゃん!!』

「…悪かったですね」

自分でもバカだと思うので怒れない。だが準太は一旦笑い出したら治まるまで一通り笑い続けるのを知っていたので、我慢が出来るところまで待とうと覚悟を決めた。

しばらく笑い倒しようやく落ち着いたらしい準太は、あー笑った笑ったと満足そうに言った。

「そりゃ良かったですね」

『あ、ちょっと待って』

言われた通り少し待っていると、お待たせ、とさっきより近い感じで準太の声が聞こえた。

『カーナビセット完了。えぇーっとぉ…、1時間半もかかんないな、夜だし』

「え?」

『どっかあったかいとこあったら入っといて。近く行ったらまた電話する』

「え、え…?ちょ、まさか…」

もしかして、と慌てる阿部に、準太は運転中は電話出来ねーからかけてくんなよと釘を刺す。

『待ってな』

低い、だけど優しい声で一言そう言うと、一方的にぷつんと電話を切ってしまった。

「ちょ、準太さん!」

通話の切れた携帯に向かって呼んでも、返事が返ってくるはずなどなくて。

「……マジかよ…」

阿部は寒い改札口で、冷えていく身体の中でどんどん熱くなっていくものを感じた。

幸いまだ一方の電車は動いていたのでとりあえず待合室に入って待っていると、言葉どおり準太が到着したのは50分後くらいだった。

着いたという電話を受けて改札を出ると、冷たい夜のロータリーにハザードランプを点灯させて停まる車が目に入った。フロントガラスの正面から見える準太の姿に、心臓が跳ねる。

「お疲れさん」

お邪魔しますと言って助手席に乗ると、にやにや笑いながら準太が言ってきた。悔しいし恥ずかしいし申し訳ないしで、どうも、と拗ねたように窓の方を向いて言い返す。

「家には連絡したの?」

「はぁ。もう始発で帰ってこいって言われました」

「あ、そうなんだ?じゃあどっか泊まる?」

「は?」

泊まる?泊まるってなんだ?誰と誰が?どこに?一度に色んな疑問が飛び出てきて、浮かんだひとつの答えにボッと顔が熱くなった。だけどすぐに頭の中で打ち消して、また準太のからかいまじりの表情に気づいて阿部は再びむぅ、と唇を尖らせた。完全に遊ばれている。

「準太さん、ムカつく…」

「なんでだよ」

その声すらも楽しそうで。

「まぁそれは冗談だけどさ、急いで帰らなくていいんなら、ちょっと遠回りしていい?」

「俺は構わないですけど…、でも準太さん、いいんですか?」

「いいよ。せっかく隆也とドライブ出来るんだから」

ドライブという言葉に少し胸が軽くなる。

「これ、準太さんの車ですか?」

「うんそう」

「よくドライブ行くんですか?」

「うーん…走りたいときは一人で行くけど、こうやって誰かと行くのって初めてかもな」

「初めて?利央とか慎吾さん達とは行ってないんですか?」

高校を卒業してからも桐青のメンバーは仲が良いから、てっきり遊びに行ったりしているのかと思っていたのでこれは意外だった。だが準太曰く、

「利央なんか乗せたってうるせーだけだし」

「…慎吾さん達は…」

「あの人達なんか乗せたら今後一生アシとして使われるから」

確かにそうかもしれないが、じゃあどうして自分は夜中にこんな遠くまで迎えに来てもらえたのかが分からない。分からないから自分の都合の良い解釈で期待してしまいそうになるから、慌てて首を振った。

「だから、助手席に乗せたのは隆也が初めてだな」

「……そう…ですか」

素直に嬉しくて、エアコンのせいで頬が熱くなった。

「着いた」

1時間ほど山道を走って開けた場所に、準太は車をゆっくり停めた。そこは展望台になっているらしく、柵やベンチが設置されていた。

「うわ……」

眼前に広がる夜景に阿部は感嘆の声を漏らす。真冬の凛とした空気に、街の灯りがまるでひとつひとつ散りばめられた星のように見える。外出てみる?と誘う準太の声がいつもより弾んでいて、準太もこの景色に興奮していることが分かった。

「さっみー!」

当然ながら、車から出ると途端に身を切るような寒さに包まれる。声にならないくらい寒くて目に涙がうっすら浮かぶ、だから余計に夜景が輝いて見えた。

「綺麗ですね」

「うん」

展望台には既に数組のカップルがいて、柵のところで景色を見ていたりベンチでくっついたりしている。男同士で夜景を見に来ているのなんて、当然ながら自分達くらいだった。二人は車にもたれるように立って、しばしの間言葉を忘れたように目の前の光に見惚れていた。

「準太さん、よくここ来るんですか?」

「いや、こないだ走ってたら見つけてさ。すっげー綺麗だったから、いつか隆也連れて来たいなって思ってたんだ」

まさかこんな早く実現するとは思わなかったけど、と言って歯を見せて笑う準太の表情は、今まで見たどの笑顔よりも幼く、可愛く思えた。

あっさりそんなことを言ってしまう彼が憎い。この素晴らしい夜景を、恋人同士のためにあるような眩い光の海を見せたかったと言われて、期待しないでいられるとでも思っているのだろうか。

「…どした?」

俯いてしまった阿部の顔を覗き込むように準太が僅かに膝を屈める。

「寒い?」

阿部はふるっと首を振った。寒いけど、熱い。頬が、胸が、やっぱりどんどん熱くなっていく。ふと両耳に熱を感じたと思うと、それは準太の温かい手のひらだった。

「すげー冷たい。分かる?」

準太の燃えるように熱い指が耳朶を包み込み、忘れかけていた感覚が蘇る。

「準太さんの手、熱いですね」

「隆也の耳が氷みたいだからだろ」

そうなのだろうか?準太の両腕に挟まれるようにして耳を包まれているから、阿部はその腕の中で窮屈そうに両手を上げて、自分も準太の耳に触れてみた。

「あ、すげー熱い」

阿部が触りやすいように、更に準太は身を屈める。

「準太さんの耳だって氷みたいじゃないですか」

「おーすげ、溶けてくみたい」

隙間なく準太の耳を温めようと、懸命に指を動かしてやる。

「あったまりました?」

「ん。あったかい」

微笑む準太の顔はやっぱり綺麗だな、と思うと同時に、自分の頬も緩んでいるのが分かった。けれどやがて、阿部の表情は戸惑いのそれに変わっていく。

「…じゅ、んたさ……?」

準太は無言で、阿部の耳に触れたまま、ゆっくりと顔を近づけてきた。

「じゅっ…、」

心臓が痛い、どくどく鳴って、苦しくて、あまりの近さに思わずぎゅっと目を瞑った阿部の、鼻先に。

ちょんと、温かい弾力。

予想外の場所に感じたその感触にぱちっと目を開けると、近すぎるくらいの距離でまた準太が意地の悪い笑みを浮かべていた。

「赤鼻のトナカイみたい」

楽しさを堪えている顔で言われ、ぽかんと口を開いてしまう。戸惑いと期待に爆発しそうになった心臓の余韻が耳のすぐ内側で聴こえていて、やがて阿部は、また眉間に皺を寄せて準太を睨んだ。

「いてっ!」

悔しくて、指に思いっきり力を込めて耳朶を引っ張ってやった。

「痛い痛いっ、隆也、痛いって!」

「…あんたは一度痛い目に合わないと分かんねーみたいですから」

ギブギブ、マジでごめんと言いながら、準太は阿部をフロントドアに押しつける。また吐息が混じり合うくらい近くなった準太の唇はゆっくりと阿部の耳元へと触れてきて、

「……っ、」

囁かれた甘い言葉に、そこから身体全部が溶けてしまいそうになった。

「隆也の耳朶、めちゃくちゃ熱くなってる」

そりゃそうだ、きっと真っ赤だ。耳も鼻も頬も、何もかもが熱い。こうなったのは準太のせいだ、準太がこんなことをするから、あんなことを言うから、全部全部、準太のせい。

心臓がどきどきして息苦しい、熱が出たみたいに涙も浮かんできてもう自分ではどうしていいか分からなくなって、阿部はまた準太の耳をぎゅう、と力を込めてつねる。そして準太が痛いと言う前に、

「…なんとかしてください」

縋るように準太に助けを求めた阿部は、自分の発してしまった言葉の重大性にも気づかずに、促されるまま助手席に戻る。

煌めく光に何の未練もなく、車は峠を降りて行った。

 

 

 

 end