ほんとイジワル。
準太×阿部/準さんお誕生日話/大学生設定
今度の火曜日会えない?と訊かれて、思わず返す言葉を呑み込んでしまった。ちょうど、本当にたった今、阿部が言おうとしていた言葉だったからだ。
『あ、無理?』
「会えます!」
力いっぱい出してしまった声に我に返ると、準太は一呼吸置いてから優しい声で話し始めた。
『なんだよ、黙り込むから無理かと思った』
多分、笑っている。電話越しでも分かる楽しそうな声が、耳を優しくくすぐるみたいに響く。
「む…無理じゃない、です」
まさか準太の方から誘ってくれるなんて、いいのだろうか?だってその日は、
『じゃあ晩メシ食いに行かない?ちょっと飲みたいから車じゃないけど』
「はい」
準太とは最近、よく夜に会う。阿部のバイト終わりに迎えに来てくれてそのままドライブというのが専らのコースで、24時間営業のファミレスで朝までしゃべり続けたり、そのまま朝陽を見に海辺までまた車を走らせることも珍しくはなかった。
独り暮らしの準太の部屋に行ったことも、ある。ひとつしかないベッドで一緒に寝たりも、何度かしている。だけど根本的なことは、実ははっきり分からないままだった。自分たちの関係って何なんだろうと、阿部はたまに考えるのだ。
キスしたことは、あった。ふざけるようなキスも、じっと見つめ合ってゆっくりするキスも、唇だけ合わせるのも、舌を絡め合うのも、したことはある。だけどそれだけなのだ。
キスした後、なんだかんだスキンシップは続くけれど結局そのまま寝てしまったり、逆に目が冴えてゲームを始めたりもする。それが物足りないとか不満だとかではないのだけれど、 むしろ今の阿部にはキスだけでもいっぱいいっぱいで、準太とそういう甘い時間を過ごしている事実が自分でも信じられないし、夢でも見てるんじゃないかと疑ってしまう。
それ以上を望んでいるわけではなくて、ただ、準太がそういうことをしてくる理由が分からなくて、それを問うて良いかどうかも阿部には分からないのだ。
準太がプレイボーイだとは思わない、だけど自分以外の誰とでもしているのかとか、もしくは自分としかしていないのかとか、訊きたいけれど訊けない。可愛がってくれているのは分かるけれども、特別かどうかは分からない。
準太にとって阿部とキスすることがどんな意味を持っているのかなんて、阿部に問い質す勇気はなかった。期待してしまっている自分に気がついているから、失望に変わるのが怖かったから。
美味かったなと言う準太の隣を歩きながら、阿部は不服を露わに不貞腐れていた。自分が支払う気満々だったのに、俺が誘ったんだしと言ってあっさり準太に払われてしまったからだ。
「なんで拗ねてんの」
「…拗ねてません」
「不味かった?」
無言でぶんぶんと首を振る、大袈裟に。本当は拗ねていたけれど、準太が誘ってくれた食事が不味いわけがない。
「でも、俺が出したかったんです」
「だからいいって、誘ったの俺じゃん」
「俺だって誘おうと思ってました。だって準太さん、今日誕生日じゃないスか」
「え…」
準太の足が止まる。阿部も止まった。
「知ってたの」
「当たり前です」
「なんで?」
なんでも何もない、知っているのだからしょうがない。準太のことなら何でも知りたいと思うのは当然だ、だって、
「なんで『当たり前』なの?」
「……」
そう言って覗き込んでくる、また、意地悪な顔。答えを分かっていながら、それを阿部自身の口から言わせるまで、綺麗な悪い笑顔で追い詰めてくる。阿部が言葉に詰まると楽しそうに口の端を上げて、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。いつもの準太の、いつもの意地悪だ。
息が止まりそうになる、こんな、近くに準太の顔。キスするときだって頭に血が上って目眩がするから目を瞑るのに、他に誰もいなくても、こんな歩道の真ん中で至近距離まで近づけられた顔をまともに見返すことなんて出来るわけがない。阿部に出来た精一杯の抵抗は、準太から顔を逸らして一歩前に足を踏み出すことだけだった。だがその一歩すらそこで終わる、準太に腕を掴まれて。
「隆也」
「……」
じっと見下ろされて、言葉が出てこない。互いの息が白くゆるく、冷たい空気を揺らがせる。
「俺の誕生日、祝ってくれようと思ってたの?」
きっとまた意地悪くなんで、と訊かれるだろうことは予測出来る。だけど阿部は素直にコク、と頷いた。
「それって、自惚れていいの?」
「え?」
阿部の腕を逃がさないように掴んだまま、準太は更に顔を近づけてくる。
「じゅ…っ、ま、待っ…」
足を引いて後ずさろうとしても全く動けずに、諦めて唇が触れるその瞬間まで頑張って目を開けていたけれどやっぱりどうしても耐えられなくて、ぎゅっと目を瞑って息を止めた。
ちゅっと唇を押し当てるような軽いキスの後に、ぺろ、と唇を舐められて思わず目を開ける。と、準太はなに、と今更さっきの言葉に従ったようで、阿部の言葉を待っていた。
「……う、自惚れるって…、どういう…」
「俺の都合のいいように解釈してもいいのかってコト」
「どんな解釈なんスか。ていうか、俺も訊いていいスか」
「ん?」
準太の解釈とは、それはもしかして自分が考えているのと同じようなことなのだろうか?準太も阿部と同様に、同じ気持ちで同じことを望んでいるのだろうか? そんな夢みたいなこと、本当にあり得るのだろうか。
「…準太さんて、…お、俺…以外の人とも…」
「なに?」
「……キス…とか、してるんです、か」
すぐに返ってこない返事に心臓が嫌な音を立てる。もしかしてとんでもなく図々しいことを言ってしまったかもしれないと思って、堪らず俯いた。準太はしばらく黙り込んでから、
「隆也は、すんの?誰とでも」
「するワケ…ないでしょ」
逆に阿部に訊き返し、阿部の答えに安堵したように微笑んだ。
「俺としかしてない?」
阿部は素直に頷く。
「俺としか、しない?」
「……、」
微妙にニュアンスを変えた言葉は、しかしじわじわと阿部から逃げ場をなくしていっているようにも思える。それくらい、準太の声は低くて艶を帯びていた。
「俺はもちろん、隆也としかしてないよ」
つか、隆也以外の奴って誰だよと笑う。その笑い方が本当に可笑しそうで、溶けるように胸が熱くなっていくのを阿部は感じた。
「助手席乗せたいって思うのも隆也だけだし、キスしたいって思うのも隆也だけ。だから今日だって、隆也に一緒にいてほしいって思ったから誘ったんだけど?」
「準太さん…」
「俺の勝手な解釈、間違ってる?」
阿部がぎこちなく首を振ると準太は小さく息を吐いて、それから良かった、と嬉しそうに笑った。わざとらしく安心したような言い方、本当は訊かなくても分かっていたくせに。
だけど、いやじゃない。悔しいけれど、何もかも見透かされたように準太に迫られるのは不快じゃなかった。
少し強く腕を引かれて、ぽすんと準太の腕の中に納まる。
「隆也。俺の恋人にならない?」
「…順序、逆なんじゃないスか」
すぐにでも頷きたい気持ちを抑えて、せめてもの抵抗とばかりに準太の胸を押して睨み上げる。あんなにキスしておきながら互いの気持ちを確認したのは今しがたで、今ようやっとそんなことを訊いてくるなんて。 だが準太は悪びれた様子もなく、「俺好きな子ってイジメちゃうからさ」と言ってのけた。
「つき合う前の関係ならまだ遠慮出来るんだけど、ちゃんとつき合うことになったら絶対意地悪しちゃうと思うんだよな」
「……」
「だからまだ隆也に嫌われたくなかったしイジメたくなかったから、なかなか告白出来なかった」
ごめんな?なんて、心にも思っていない不誠実な謝罪。精一杯睨んでいるつもりの瞳が寒さと恥ずかしさと嬉しさで潤んでしまっていて、多分きっと準太には何の効力もないだろう。
「…知って、ます」
準太が意地悪なことくらい、知っている。楽しそうに阿部の逃げ道をひとつひとつ塞いでいって、試すような言葉で阿部を困らせるのが好きなことも知っている。準太は正真正銘の意地悪だ。そんなこと、ずっと前から知っている。
「けど、いいです」
「え?」
それが好きな相手への愛情表現なら、阿部にだけ特別に意地悪だというのなら、
「…準太さんなら、意地悪されても……いい、です」
「……隆也…」
また顔を逸らしたから準太がどんな顔をしているのかは分からない。よく考えてみればなんだかとんでもないことを口走ってしまったかもしれない気もしたが、だけど本心だからしょうがないと思う。
もう一度名前を呼ばれて静かに顔を持ち上げると、すぐそこまで迫っていた準太の唇に再び食まれた。初めは冷たかった互いの唇は、だが何度も啄ばみ合ううちに熱くなり、濡れた唇はまたすぐに冷えて、その度舌で舐め合って温めた。
「…じゃあ早速イジメたくなっちゃったんだけど、」
長い長い口づけの後にぎゅう、ときついくらい抱きしめられて、俺ンち来ない?そう耳元から直接身体の中に言葉を流し込むように囁かれて、腰が抜けそうなくらい甘い痺れが流れる。イジメたいと言われてのこのこついていくのもどうかと思ったが、結局何のプレゼントもあげられていないどころかまだちゃんとお祝いの言葉すら伝えていないことに気がついた。
どうしても今日この日じゃないといやだから、阿部は息苦しい準太の腕の中で小さく小さく頷いた。
end