珈琲時間
島崎×阿部/慎吾さんお誕生日話/大学生設定
そのラブホテルを隆也はなぜかとても気に入って、そういう雰囲気になれば必ずあそこに行きたいと言った。
それは俺から見れば他のホテルとなんら変わらない極めて普通の、高くもなく安くもなく、良すぎでもなく悪すぎでもないごくごく一般的なラブホテルだった。だけど隆也はそのホテルに行くことをいつも楽しみにしていたし、終わって一息つくとすぐにパジャマを着てコーヒー飲みますよね、と言って備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーをたててくれた。
一度じっくり隆也を観察してみて、気がついたことがある。
隆也はコーヒーをたてている間、じっとサーバーを見つめてコーヒーがちょろちょろとドリッパーから落ちるのを眺めている。その間は話しかけても生返事しか返ってこなくて、心は完全にコーヒーに向いている。そんなにコーヒー好きだったっけ、と普段隆也の飲んでいるものを思い出しても、それほどコーヒーにこだわりがある記憶はない。
おそらく、隆也はこのホテルで初めてコーヒーメーカーでコーヒーをたてるという経験をしたんじゃないだろうか。そして何かが隆也の心の琴線に触れて、隆也をここまでコーヒーメーカーの虜にしてしまったんだろうと俺は推測した。
「俺コーヒーメーカーがほしいんだけど」
誕生日プレゼントは何がいいですか、隆也が訊いてきたのでそう答えてみた。隆也の反応が見てみたかったのが一番の理由には変わりないけど、別に嘘じゃない。あったらあったで隆也が今以上に頻繁に部屋に来てくれるんじゃないかと思ったからだ。
隆也は俺の言葉に目をまん丸にして、じゃあ一緒に買いに行きましょうと言った。自分では気づいてないかもしれないが、明らかに声が弾んでる。うきうきといった表現がとてもよく似合う、それくらい嬉しい気持ちが声と表情に表れていた。
「おっ、隆也見てみコレ、おもしろいカタチ」
俺が指差した有名メーカーのそれはバイクのヘルメットみたいに丸い近未来的なデザインで、本体はもちろんサーバーもステンレスで覆われたロボットみたいだった。隆也はそれを一瞥するとそんなので淹れても美味しそうじゃない、と言った。次に俺が目をやったものにも、そんなのドリンクバーみたいで味気ないと却下。
どれで淹れたって味は同じなんじゃないか、とは思っても口には出さない。隆也が野球以外の買い物でこんなに目を輝かせて吟味してるのを見るのはすごく珍しいことだから、思う存分たくさん悩んでほしいと思う。だから俺は苦笑して、隆也の好きなやつにしてって言った。でも慎吾さんのだし、って今更そんな気を遣う隆也が可笑しくて笑ってしまう。
「だって隆也が淹れてくれるんだろ?だったら隆也の気に入ったのがいいし、俺もその方が大事に出来るもん」
そう言うと隆也はぽっと頬を染めて、それからふいと顔を背ける。じゃあ勝手に選びますからね、そんな生意気ぶった言い方も可愛い。分かってる、分かってるんだ。恋は盲目、馬鹿なのは俺。だけどやっぱり、可愛いんだよなぁ。
結局隆也の選んだコーヒーメーカーは電動ミル付きの黒いやつで、コーヒーサーバーはガラス製の至ってシンプルな、まさにスタンダードと言った感じのものだった。レジでつい財布を出しかけると隆也に制されて、慎吾さんはあっち行ってて下さいと言われてレジ列の外で待っていると、満足そうに頬を紅潮させた隆也が箱を抱えてやってきた。
早速部屋に帰って丁寧に洗ってから、初めて買った珈琲豆の袋を開ける。まだ挽いてないのにすでに香ばしい匂いで、期待に頬が緩んだ。
隆也はホテルでしていたように、粉になった豆をペーパーフィルターに移し替えてサーバーにセットする。水が熱せられてゆっくり少量ずつシャワーみたいに注がれていくのを、隆也は肘をついた手の甲に顎を乗せてじっと見つめていた。
カタカタカタカタ、細かい音の後に柔らかい勢いで湯が落ちて、ドリッパーの中の粉がふっくら盛り上がる。そしてサーバーの中に落ちて溜まっていくコーヒーと同じ速度で、隆也の心は満足感で満たされていく。
こうしてつき合うようになるまでは、隆也って正直もっとせっかちなんだと思ってた。
あの夏の試合で投手に対して怒鳴ったり怒ったりしてたからそういうイメージを持ったんだろうけど、恋人同士になって 1、2年間くらいは隆也の隠された(?)性格に俺は結構驚かされていた、さすがに最近は大分把握出来てきたけど。
隆也は今でも野球が絡めば確かに性格悪いし腹黒いし冷静で短気だったりするけど、野球に関して以外は結構抜けてたり、つまりあまり物事に関心がないみたいな、無頓着だったりする。ぼんやりしてるっていっても過言じゃないくらい。そんな隆也にここまで気に入られたんだから、お前はかなりの果報者なんだぞってコーヒーメーカー相手に本気で言ってやりたくなる。
部屋はすっかりコーヒーのいい匂いで包み込まれていて、それだけでなんだか幸せ気分。
可愛い恋人が俺のためにコーヒーたててくれて、お揃いのマグカップを持ってソファに座る俺のそばまでやってくるから更に幸せ気分倍増。
「入りましたよ、慎吾さん」
「おーさんきゅ。いい匂いすんね」
「やっぱインスタントとは全然違いますよね」
帰りにケーキ屋で買ったショートケーキを皿に載せてローテーブルの上に置いた隆也は、ソファを背凭れにして絨毯の上に座った。だから俺も、ソファからずり落ちるようにして絨毯に腰を下ろす。
「お誕生日おめでとうございます、慎吾さん」
「ん、ありがと。プレゼントもありがとな」
すると隆也は、なぜかしゅんと俯いてしまう。どうした?って訊こうとすると、申し訳なさそうにおず、と隆也は口を開いた。
「……あの、ホントは、…俺も欲しいなって思ってたんです、コーヒーメーカー」
うん知ってる。言わないけどね。
「だから慎吾さんがコーヒーメーカー欲しいって言ってくれて、俺…も、嬉しかったから…」
俺こそ、ありがとうございますなんて。そんな殊勝なこと言ってはにかむ顔がまた可愛いって、何百回同じこと思ってんだって自分でツッコむくらい今日の隆也は可愛いから、ケーキより違うものが食べたくなったって仕方ないだろ。
「しんご…さん…?」
ケーキを置いて腰を引き寄せる俺に、ちょっと警戒心を強めた隆也は慌ててマグカップをテーブルに置く。
「せっかくコーヒーあるんだし、甘いの食べたくなっちゃったな」
「ケーキ…あるじゃない、ですか…っ」
近付けた唇を両手で遮られてそれ以上の接近を拒まれる、けどその割に身体は逃げてないって気づいてないのかな?自分では。
「んー、もっと甘いのがいいな。俺甘党だからさ」
「うう、ウソツキっ…ひっ、」
手首を少し強引に掴んで離させて、無防備な耳たぶをやわく食む。驚いた声出して首を竦めても、やめる気なんてさらさらないよ。だって今日は、
「隆也。一番嬉しいプレゼント、ちょうだい?」
「……~~~…っ、」
部屋中に満ちた香ばしいコーヒーの香りに俺も隆也も酔わされて、溶け合った唇の甘い味に目を閉じる。
これからもずっと、俺のために毎朝美味しいコーヒー淹れてくれる?ってお願いしたら、果たして鈍感な隆也は分かってくれるだろうか?
end