KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

7月7日②~慎吾と阿部~

「なんか女の人多くねぇ?」

料理を運んだ時に、本山が周囲を見渡しながら小声で訊いてきた。

「あー、ウチの店って女ウケいいんだよ。別にオトコ禁止ってワケじゃねーんだけど」

「慎吾がね~お客さんにチョー人気なんだよ。しょっちゅう番号交換してるもんなー?」

「ちょっ、ヤマちゃん!」

ひょいと現れてはとんでもない嘘をさらっと零していく山ノ井は本当にたちが悪い。

このダイニングバーは元々は山ノ井が働いていて、たまたま人が辞めたから来ないかと誘われたものだった。大学に上がって幾つかのサークルの新歓コンパには出てみたものの、これといって興味をそそられる出逢いもなければ再び野球部に入る気にもなれず、暇もあるし時給もそれなりに良いしということで働き始めたのが二ヶ月前のこと。

この店は雰囲気も落ち着いているし内装も女性が好みそうな造りで、更にホールはほぼ全員男性なので、お目当てのウェイターに逢うために通う女性客も少なくない。だから七夕のようなカップル向けのイベントでも、ウェイターが彦星になり織姫の来店を待つというスタンスで今日も店は女性客でいっぱいだった。

「阿部くん、今の嘘だからね」

「え?あ、はぁ」

こんな店に男二人で入ったことに本山は些か居心地悪さを感じているようだが、向かいに座っている阿部はあまり周囲は気にしていないようだ。彼は今、山ノ井がサービスで出した(と言っても会計は本山持ちなのだが)和牛のカルパッチョと柔らか肉のサイコロステーキ、そしてチーズオンチキンのオーブン焼きに感動するのに忙しいらしく、さっきの山ノ井の嘘発言にも微塵も関心はないようだった。嬉しいのか悲しいのか複雑な気持ちで慎吾は苦笑する。

先月の本山の誕生日会に阿部が連れて来られた時は、山ノ井が始終彼を隣に座らせていたのであまり話せなかった。今夜も山ノ井は勝手に自分だけ早上がりを決めてしまったし、自分は普段それほど貧乏くじを引くタイプではないはずなのだがどうも山ノ井が相手だと一歩先を行かれてしまう。他のバイトに代わってもらえるよう頼んでみたが生憎代役は見つからず、唯一予定が空いていた一人こそがさっき山ノ井とシフト交代した新人くんだった。

あーもうなんなんだこのツイてなさは…と小さく嘆いていると、つん、とアオザイの袖を引っ張られた。続いて慎吾さん、と阿部の声がして振り向くと、上目遣いでこちらを見上げてくる阿部が真後ろに立っていた。

「トイレって外ですか?」

「あ…あぁ、トイレ?案内しようか」

「いいです、一人で行けます。外なんですね?」

「あ、…」

子供扱いされたと思ったのか、阿部はちょっとムッとした表情になりさっさと店から出て行ってしまう。その誤解が可笑しくて、慎吾は緩む口元を片手で押さえながら店の人間に「3番行ってきます」と伝えてゆっくりと店を出た。

トイレから戻ってきた阿部は、廊下の途中で待っていた慎吾に僅かに驚いたように目を見開いた。慎吾は壁に背を凭れさせたままにっこりと微笑う。

「やっと二人で話せるな」

「慎吾さん仕事中じゃ…」

「休憩時間だからダイジョーブですよー」

「…ソーデスカ」

慎吾の隣を0.5人分くらい間隔を開けて、阿部も壁に背中を預ける。こんな風に二人きりになれるのは初めてに近いかもしれない。いつもは何かしら誰かがいて、それはワンワン煩い大型犬のような後輩だったりヘタレで打たれ弱いくせにプライドだけは人一倍高い後輩だったり3年間共にひとつの白球を追いかけても未だに掴みきれない曲者だったりと、合わす顔は別々でも必ず誰かが隣にいた。それも悪くはないのだけれど。

相変わらず部活は忙しいのかとか、怪我はしてないかとか、他愛無い話を暫くした。そして不意に、

「今度さ、二人で飯行こうか」

なんの脈絡もなくそんな話題を振ると、一瞬阿部は返事に詰まった。無言でこちらを見てくるが、ただにこにこした笑顔を返しながら阿部の反応を見る。

「……焼肉」

「え?」

「前に、焼肉行こうって」

慎吾さんが。そう言われて、そういえばそんなことを言ったと思い出す。二人で焼肉デートをしようと阿部を誘った。あの時阿部は焼肉デートの意味が分かっていなかったようだけれど、この様子だときっと今でも分かっていないだろう。

「うん、じゃあ焼肉で」

よし、と言って阿部の方を向くと、阿部は急に身体をビクッと緊張させた。驚いたのは慎吾の方で、一瞬何が起きたのか理解出来なかった、が、

「…あー、」

「……」

阿部の頬は赤く上気している。慎吾と目を合わせないように俯いて。

「またキスされるかと思った?」

「……っ!!」

あの焼肉の時も、不意をついて阿部に触れた。恐らく誰の好意の真意にも気づいていないであろう阿部が、唯一意識しているのは自分だろうと慎吾は思う。それくらい強引に意思表示しなければこの鈍感な野球少年には通じない。

「…戻ります!」

耳まで真っ赤になりながら今度こそずかずかと慎吾から離れていく阿部の背中を見ながら、慎吾はまたこみ上げてくる笑いを隠すためにてのひらで口元を覆う。焼肉デートの日は絶対に山ノ井がラストまで入っている日を狙おうと目論みながら、再びゆっくりと歩き出した。