KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

雪に消えた

 

川島×阿部/大学生設定

 

キャンセルするべきだったんだろうか。二人で来るべきじゃなかった、せっかく今まで三人でのバランスを保ってきたのに。
壊れてしまった、壊してしまった、俺が。自ら。

 

大学卒業を間近に控えた2月、近場でいいから旅行に行きたいなとどちらからともなく言い出してそのまま勢いで旅行会社に向かった。いつものようにタカもアツシのアパートに来ていたから、三人で。タカは卒業しないけど、俺とアツシがタカを除け者にするわけがない。タカも別段嫌がらずに素直に俺達の日程に合わせると言った。

平日だと今の時期でも旅館は空いているから、善は急げで一週間後に決定した。カニか肉かで迷ったけどタカの要望を取り込んでカニ鍋にステーキ付きのオプションという贅沢コースだ、多分一番楽しみにしていたのはタカだろうと思われる。

そしてあっという間に一週間は経っていざ明日出発という日の夜、アツシが突然都合が悪くなった。ばあちゃんが風邪をこじらせて入院することになったらしい。

『マジごめん。キャンセル料は払うから、お前らだけで行って来いよ』

「お前行かなきゃ意味ねーじゃん。いいよ、延期しようぜ」

電話の向こうでアツシが本当に申し訳なさ気に謝る、でも別にどうしても明日じゃないといけないわけじゃないし、理由が理由だからタカだって納得するだろう。だけどアツシはその方が気を遣うらしく、しきりに行けと俺に勧めた。

『もう明日だしさ。…それに、タカも楽しみにしてたし』

「だーから、お前来なきゃタカだって楽しめねーよ。本来の目的は俺とお前の卒業旅行なんだぜ?」

『でもお前来週から入社先で研修バイト始まるだろ、今度いつ行けるか分かんねーじゃん。タカだって研究とか増えるから今みたいに自由きかなくなるだろうしさ』

だから行って来いって、と強く言われる。行かなきゃ俺一生罪悪感抱えたまま生きてくなんて戯言を言うアツシの押しに根負けして、じゃあお言葉に甘えて二人で行かせてもらうことにした。

タカと二人で旅行なんて、当たり前だけど初めてだ。嬉しくないわけじゃないけど、正直ちょっと躊躇う。アツシが行けないのが残念だという他にもうひとつ、理由があった。

 

翌日タカと集合して、地元の駅を出発した。当然アツシからタカにも連絡はいっていて、タカも随分説得したらしいけど結局は俺と同じようにアツシの意見に折れたらしい。まぁ俺がアツシの立場でも、多分行けって言うとは思う。だけどどうしてもお前抜きじゃ始まらないなんて言われたら、俺なら嬉しくて延期してもらうかもな、とも思った。

俺もタカも普段どおりのテンションで会話をしていたけど、やっぱりアツシがいないと物足りないのはお互い感じているだろう。だけど車窓の外の流れる景色を見ながら駅弁を食べていつの間にか眠っていざ旅館に着くと、二人ともこれからの温泉や夕食のことで頭いっぱい、純粋に心躍らせていた。

「おーっ!雪めっちゃ積もってんじゃん!」

「全国的に雪って言ってましたもんね、天気予報」

「亡きアツシの分も俺達が温泉堪能しなくちゃな!」

「いや死んでませんよ」

なんてアツシをネタに笑えるくらいにはアツシのことはどうでもよくなっていた。しかも平日だからか熟女キラーと呼ばれる俺の魅力のせいか、アツシの分の当日キャンセル料が徴収されることはなかった。女将が良い人で良かった、タカが何だか物言いたげに俺を見ていたけど。

部屋に通されて早速夕食前の風呂に入る。温泉はこれがないと始まらない。露天風呂は日本庭園みたいになっていて雪景色が最高に綺麗で、来て良かったーと心から思えた。

「…矢野さんも来れたら良かったんですけどね」

やっぱりタカが名残惜しそうに言う、アツシに悪いと思ってしまうのは俺以上だろう。

「でも俺とアツシの二人計画だったら完全にアウトだったワケじゃん?タカがいてくれたからこうしてあいつ抜きでも来れたんだしさ」

それは本当だ、俺はタカに感謝してる。タカも一緒の予定だったからこそ今こうしてちらちら舞う雪の中で露天風呂なんてオツなことになっているんだから。

「それに、タカと旅行なんて初めてだしな」

「そうですね」

タカはやっと、ほっとしたように笑った。外気は冷たいのに温泉が熱いから、上半身は湯に浸かってなくても冷えることはない。寧ろ汗ばんできてタカの頬も朱く染まっていた。

「……ぇ、」

小さく肩を強張らせて、タカは目をまん丸にして俺の顔を見つめた。タカの身体がぴく、と震えたと同時に俺も我に返ったが、頬に伸びた手を離すこともそれ以上何かをすることも 出来ず、つまり俺も硬直している。無意識にタカの頬に触れてしまっていた。

「…のぼせてねぇ?」

「だ、いじょうぶ…です」

「顔真っ赤だけど。ホントに平気か?」

嘘だ、そんなにでもない。ほんのり良い具合に火照ってるだけだ。だけどそれじゃ俺の行動に説明がつかないから嘘をついた。でもなぜかタカの顔は首元からみるみる真っ赤になっていって、本当に茹でだこみたいになってしまう。

「おいタカ、」

「あ、ちょ、…っと、熱い」

そりゃそうだろう、そんなに赤いんだから。嘘から出たまことというか何というか、助かったといえばタカに申し訳ないがそれでも俺がタカの頬に思わず触ってしまったことには理由づけが出来たので、俺は何の罪悪感もなく今度は本気の心配でタカの腕を掴んで風呂から上がった。

「スンマセン……」

露天風呂の隅にある東屋の畳にタカを寝かせて水で絞ったタオルで目元から額を覆ってやると、タカは小さく謝った。

「いいって。気分悪くねーか?」

「はい、気持ちいいです」

あんま長いこと寝てたら風邪引くから気をつけろよと言って、俺はもう一度湯に浸かった。

危なかった。俺は何をしようとしたんだ?アツシがいないのに。タカと二人きりなのに。

 

夕食はただでさえカニ鍋増量オプションにしたのに更にステーキもついてきて、酒なんて飲んでる場合じゃないくらい食いまくった。食休みが終わる頃には時間はすでに十時を越えていて、温泉はさっきと同様貸切状態だった。部屋は暖房が効いて暖かかったのに、熱い湯に身体を沈めるとものすごく冷えていたことが分かる。

「降ってきましたね」

ここでは珍しくないことだと分かっていても、みぞれに近い牡丹雪が真っ暗な空から降ってきて思わず顔を上げてしまう。同じ速度でどんどん落ちてくる雪の何が楽しいのか自分でも分からないけど、飽きることなくずっと俺達は空を見上げていた。

雪は俺の肩や腹に乗ってはすぐに溶けて水になる。一瞬だけひんやりしても身体は冷えない。周りの山も静まり返っていて、どんなに目を凝らしても何も見えるわけがない。

雪の一粒一粒が音の欠片や時間の粒子を包み込んで、それらを全て溶かしてしまう。だからこんなに静かなんだろう、雪は存在感こそ大きいけど、雪に飲まれたらそこにあるのは無だけだと思う。

ひっきりなしに天から落ちてくる雪を眺めていると、夕方に意図せず出てきたタカへの気持ちが心地良くまた自分の胸の中にしまわれていった気がした。

良かった、安心した。抑えられて良かった。

穏やかな気持ちになった俺は程良くのぼせかけたところで湯から出た。

部屋に戻ると既に布団が敷かれていた。何度宿泊しても旅館はこれがあるからいい。ホテルみたいに最初からベッドがあるのも楽ちんだけど、部屋を出て戻った時に布団が準備されていると、そうと分かっていても嬉しくて一気に身体は今日の疲れを思い出して眠りたがる。だけど逆に神経は昂ったりして、眠気はこない。今もまさにそんな感じだったので、 暫くテレビを見ながら冷たい布団に身体を投げ出して身体を冷やしていた。

「…そろそろ寝ますか?」

タカは携帯を覗いたまま声だけを俺に向けて言った。何時、と訊くと0時過ぎましたと返事が返ってきた。まだ起きてられるけど、無理に夜更かしする必要もない。どうせ布団に入ったところでどちらかが眠くなるまでだらだらしゃべるんだろうし、それも楽しいので俺はすぐにテレビを消した。

「電気全部消していいよな?」

「はい、…あっ、」

「どうした?」

「これ雪見障子ですよ、ほら」

広縁との境にある障子の下部分をずらしてタカは嬉しそうに笑った。

「ホントだ。開けとこうぜ」

「明るくてもいいですか?」

「風情あんじゃん。こういうのは好きだからいいよ」

月明かりが真っ白い雪に反射して、部屋の中はうっすらと明るくなる。相変わらず外は牡丹雪が音もなく落ちては溶けてを繰り返している。

タカは障子に向かって、つまり俺に背を向けて布団に入った。俺も同じ体勢でタカの背中を見つめながら横になる。

「綺麗ですね」

「うん」

俺達は何も話さなかった。ただじっと、ずっと長い時間しんしんと降り続ける雪に見入っていた。

どれくらい時間が経ったのか全く分からないけど、タカの肩がぶるっと震えて、俺はぼんやり遠いところに行っていた意識が急速に戻ってくるのを感じた。寝ていたのとは違う、眠気はまだ来ない。だけど突然ハッとしたように目が開いて、今目の前にいるタカに無性に触れたくなって心臓が騒ぎ出した。

「タカ」

ダメだ、返事をするな、どうかもう寝てしまっていてくれ。俺は内心で懇願しつつもタカの名前を声に出していた。

「…寝た?」

いい加減にしろ、話しかけるな。どうか、どうか反応しないでくれ。そう願うくせに、返事のないタカを確認するように俺はおもむろに自分の布団から出るとタカの布団にゆっくりと膝を乗せる。多分、タカは寝ていない。寝息が聞こえない、つまり息を殺している。背後の俺に全神経を集中させているんだろう。

それが分かっていながら、タカが警戒しているのを分かっていながら俺は、それでもタカに手を伸ばしてしまう。理性はまだあって今なら引き返せるからやめろと必死で頭の中で叫んでいるのに、俺は聞こえないふりを決め込んだ。

「……タカ…?」

もう一度呼ぶ、タカの身体は僅かに硬くなる。

俺は左肘をタカの頭の後ろについて、右腕でタカの身体をそっと包み込んだ。

どちらも、何も言わない。俺の心臓はさっきとは打って変わって驚くほど落ち着き、冷静に規則正しく稼働している。身体は正直にタカを求めているくせに、 頭が現実逃避をしているからだろうか。

俺のこの行動のせいで、俺とタカの関係は5分前とは確実に変わってしまった。アツシの部屋のコタツでくっつき合って寝たことはあっても、さすがに状況が違うことはタカだって分かってるはずだ。冗談も軽口もなしに、寝ているふりのタカを無言で抱き締めるその行為がどういう意味を持っているのか、もし分かってないならそもそもこんなに硬直なんてしていないだろう。

間近で見下ろしても、雪明かりに照らされたタカの肌は透き通るような薄い蒼に染まっていて本当の肌色は分からない。赤くなってるのかもしれないけど、もしかすると本当に血の気が引いているのかもしれない。

アツシの顔が浮かんだ。三人でつるんでる時の楽しそうな顔と、タカを見つめる柔らかい瞳がくっきりと脳裏に現れる。

やっぱり二人でなんて来るべきじゃなかった、こうなることは予想出来たはずだ。アツシは俺との友情を優先するだろうけど、俺は自分を優先する。そんなの俺が自分で一番分かっていたことだ。俺達三人のあの楽しい時間も絶妙な距離感も、アツシがいてこそなんとかバランスを保っていた。アツシがいなかったらこんなに簡単に崩れてしまうくらい脆いものだったんだ。

それが分かっていたから、俺はいつも三人でいたがった。正確には、タカと二人きりにはならないようにしていた。大切な二人との大切なこの関係を壊したくなかったから。

それが、壊れた。

俺が壊した。

明日の朝には、俺達はきっと普通におはようと挨拶をする。一緒に朝風呂に入って朝食をとって、売店でアツシへの土産を買って帰りの電車に乗る。疲れてるからすぐにお互い寝てしまうだろう。そうして駅で別れて、後日アツシに土産を渡しにあの部屋へ行く。何もなかったことにしてしまう、きっと俺が、自分のために。

タカに自分の気持ちを押しつけて、だけど確認することもさせることもせずにまるで夢現の中の幻覚であるかのように、この先ずっと触れられないところへ封印してしまう。

アツシを裏切る勇気もタカを手放す覚悟もないずるい俺の求める居場所のために、この空間での俺達の記憶は牡丹雪の中へと溶けていった。

 

 

 

 end