KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

思わせぶりな

 

カワノベ/ヤノカワバーテンパラレル

 

「コウくん!?」

「おー、久しぶりじゃん」

「えっうそコウちゃん!?マジでー?やだなにー、めっちゃひさびさー!」

「相変わらず仲いいなー二人とも。今日も仕事?」

「うんそー」

「てかコウくん今どこで働いてんのお~?銀座?六本木?」

「コウちゃんいなくなっちゃってマジ寂しいんだけどー」

「今は地元のバーでバイトしてる」

「地元ってどこ?」

「ナイショ」

「え~も~なんなの~~~!!」

「コウちゃん戻って来てよー。あの子もう辞めちゃったしいーじゃん」

「いやー、さすがに戻れねーだろ」

「コウくんいてくれた時がいっちばん良かったー」

「ねー」

「あんま無茶しない程度に仕事頑張れよ」

「またメールすんね!返事ちょうだいよ~?」

「おー分かった分かった。んじゃな」

「絶対だよー!」

「おう」

 

「ってことがあったんスけど」

「……ちょっと待て、整理するから」

淡々とこの間のことを述べる阿部の話を中断させて、矢野はぐるぐる色んな疑問の渦巻く自分の頭の中を手は料理をしながら必死に整理してみる。

「…お前とコウが出かけた時っつった、よな?」

「はい。こないだの日曜日です」

日曜は確かに店は休みだった。矢野はその日一日中家にいた。レポートをするつもりだったがなんとなく気が乗らなくてDVDをかけてみると、 川島が以前「一回観たけどつまんなかったからやる」と言ってご丁寧にセットしていってくれたAVが流れ始めたから焦って窓とカーテンを閉めた。なんなんだアイツは 勝手にこんなもん置いて行きやがってと怒りながらもAVを消すことはせずに惰性で観ていたが、なるほど彼の言うとおり本当につまらなかったので途中で消した。それが矢野の日曜日だった。

「で、どこ歩いてたって?」

「池袋です」

「二人で?」

「はい」

何で俺を誘わなかったんだとか何でコウはそれを黙ってたんだとかいう不満をなるべく顔には出さないように意識して、平静を装い矢野はペーパーでレタスの水気を切る。

「それで、女の子に声かけられた、と」

「キャバっぽい子でした。それで川島さんと仲良かったっぽくて…前のバイトの子なんですかね」

「そうなんじゃね?あいつココで働く前はクラブで黒服やってたしな」

「えっ」

阿部は本当に驚いたらしく、矢野の顔をじっと見つめる。

「そうなんですか」

「短期で稼げるバイト探してた時期あったからな、そん時にやってたみたいだぜ」

「くろふく…」

「ただいまーっと…あれっ」

そこへ話題の張本人である川島が、近所のコンビニから帰ってきた。

「タカ来てたんだ?今日遅かったじゃん」

「こんばんは。買い出しですか」

「アツシが甘いもん食いたいってワガママ言うからさー、お兄さんの俺が買いに行ってやってたの」

「お前がダーツで賭けようっつったんだろ」

「矢野さん勝ったんですか」

「…そこで驚くのかよお前も」

タカも食う?と言って川島は袋からカップハーゲンダッツを取り出す。抹茶とクッキーアンドクリームとバニラどれがいいと訊かれて、阿部はちらりと矢野を見た。

「?何だよ」

「矢野さん、は?」

「あーアツシは何でも好きだから。タカ欲しいの取りな」

勝手に川島が答えたことに矢野は些か不服気にむっとするが、それでもその言葉に異論はないというように阿部に向かって顎で促す。じゃあ、と阿部はバニラを指差した。

「んじゃ俺クッキーアンドクリームね。アツシは抹茶~」

「おいコウ、お呼びだぞ」

アイスをカップからガラスの容器に移し替えている川島に矢野は言葉だけで2番テーブル、と言った。川島につられて阿部も彼の視線の先へ目をやると、いつもの常連が手を上げて川島を呼んでいる。しょっちゅう川島とビリヤードで競っている年配の男性だった。

「あー、アイスが…」

「冷やしとけ」

矢野に言われたとおり川島は冷凍庫にアイスをしまうと阿部にごめんと会釈して、「終わったらアイス食おうな」と言って男性の元へと歩いていった。

「阿部」

呼ばれて振り返ると、カウンターに阿部の大好物が現れた。ローストビーフのフィンガーサンド、阿部はこれに目がない。

「いいんですか?」

「いらねーの」

「い、いります」

今にも下げられそうで、阿部は焦ってサンドイッチの皿を両手で奪い取り自分の前に置いた。その動作に矢野は呆れたように笑い、アイスはデザートな、と言う。確かにアイスはデザートだ、阿部は納得してこくんと頷きいただきます、と言ってから大好きなサンドイッチをつまんだ。

「あいつさ、」

阿部が大きく口を開けてサンドイッチにかぶりつくと、矢野は冷蔵庫からフルーツを取り出し手際良く切りながら口を開いた。

「黒服やってた時な、店の女の子に惚れられて結構モメたらしいんだよ」

「…手ェ出したんですか」

「いや、あいつ的には黒服の仕事として女の子の面倒見てただけみたいだけどな。一方的に惚れられて、しかも二人から同時に迫られてそれがオーナーにバレそうになったらしい」

「ヤバくないスか?それ」

原則黒服は店の女の子に手を出してはいけないというルールの世界で、一方的に好かれたなどという言い分が通じるのかどうか疑問だ。店によっては罰金や袋叩きにされることも珍しくないと、素人の阿部ですらそんな噂は聞いたことがあった。

「ヤバいんだよ。だからコウはその店辞めてここに来たんだ。俺が先にここで働いてたから」

「へぇ…」

「モテるってのも大変だよな」

よくそのネタで川島をからかっているのだろうか、矢野は思い出し笑いをしながら楽しそうに話し、上品にカットされたフルーツの載った皿を阿部の前に置いた。

「また勝ったのかあいつ」

川島の視線に気づいた矢野が、苦笑しながらグラスをふたつ用意する。大きくかじりすぎたサンドイッチをもごもご咀嚼しながら阿部が振り返ると、川島はこちらに向かって 子供みたいな笑顔で大きくVサインをしてみせた。

 

「じゃあお先に。お疲れさーん」

「お疲れ。阿部、気をつけてな」

「お疲れ様です」

閉店まで残っていると、どちらかが早く上がって阿部を送るというのがいつの間にか当たり前になっていた。

矢野に小さく頭を下げて、阿部は川島について狭い雑居ビルの薄暗い階段を降りる。狭い路地から大通りへ出たところで、川島がポケットから携帯を取り出した。着信を知らせるイルミネーションと急かすように震える機体が川島の手のひらから覗き見えた。

川島は携帯を開いて確認すると、ぱちんと閉じて再びポケットへしまった。

「こないだの女の子ですか」

詮索するつもりはなかったが、意図せず口をついて出た言葉に阿部自身驚いた。

「こないだ?」

「…クラブ、の?」

「ああ!」

そこで川島は阿部の言わんとしていることを察したらしく、「よく分かったな」と半ば本当に驚いているように言った。さっき矢野に聞いたばかりだから、とは少し言いにくく、 阿部は川島の視線に気づかないふりをして前を向く。

「連絡くれってさ」

「ふうん」

「あれ、妬いてんの?」

「どこをどう見たらそうなるんですか」

「ふくれてる」

ふに、と頬を人差し指で軽く押されて、目線だけ川島に向ける。川島はからかうような目つきでこちらを見ていて、ムッとした阿部はフイと顔を逸らした。その途端ぶはっと噴き出した川島に何で笑うんですかと声を荒げると、川島はひーひー言いながら腹を抱える。

「おまっ、マジで拗ねてんの!?かわいいんだけど!」

「拗ねてません!」

「わータカがヤキモチ妬いてくれた!ぜってーアツシに自慢しよーっと」

「だから妬いてませんってば!!」

川島の腕をはたくように叩くと、川島は笑いながらもそれを受け流すように腕を持ち上げそのまま阿部の肩に腕を回した。

「ちょ、川島さんっ、苦しい」

「タカが心配するようなことは何もねーよ」

「…っ、」

何を心配するというのだ、何も心配なんてしていない。川島が誰に好かれていようがどんな仕事をしていようが、自分には関係ない。確かにそうだ、そうなのに。

「俺はタカ一筋だから。な?」

至近距離でニッコリ笑う川島の屈託ない笑顔に、もうそれ以上何も言葉が出てこない。

歩きにくいと文句を言いたいのを我慢して、川島の腕に納まったまま阿部は覚束ない足元を見ながら一歩一歩ゆっくり歩いた。

「あのコらの仕事ってさ、客は持ち上げなきゃなんねーし店からは商品としか見てもらえねーし、仲間内でもライバルだったりでめちゃくちゃストレス溜まるんだよ」

歩きながら川島が彼女達のことを話すのを、阿部は黙って聞く。

「んで俺ら黒服があの子らのこと気にかけたり親身に相談に乗ってあげたりするとさ、勘違いしちゃうんだよな。吊り橋効果みたいなもんだよ。 あの子らも弱ってるとこに優しくされるもんだから、頼りたいって気持ちと恋愛感情とがごっちゃになっちゃうんだ」

「川島さんが無意識に思わせぶりな態度取ったんじゃないんスか」

「俺思わせぶりな態度なんか取らねーよ」

「よく言う。俺にだってしょっちゅう…」

そこまで言って、阿部は口を噤んだ。がしっかり川島に聞かれていたらしく、「しょっちゅう?」と訊き返される。

「しょっちゅう、なに?思わせぶりな態度タカに取ってた?俺」

「……」

「タカには思わせぶりなんじゃなくて、ホントに気があるからそうしてるだけなんだけど?」

そういうとこが思わせぶりだっつってんですよ!!

と、言いたいのをぐっと堪えて川島の腕を首から外す。タカ?と声をかけられても無視を決め込んでずんずんと歩いて先を急ぐ、だがやがてその足は止まらざるを得なくなった。

踏切の音と遮断機に道を遮られ、舌打ちの音も掻き消される。やがて後ろから追いついた川島に緩く腕を引かれて、耳元に唇を当てられた。

「怒った?」

「…怒って…なんか、ないです」

「じゃあ怒ったフリ?」

「は?なんで俺がそんなことしなきゃ…」

だってさ、と川島は楽しそうな声音で、わざと小さく囁く。遮断機の音に邪魔されて聞き逃してしまいそうな川島の言葉に、阿部が無意識に集中するように。阿部の頭の中を川島でいっぱいにするように。

 

「タカだって充分思わせぶり」

 

 

 

 end