神様なんて信じてない
矢野×阿部/ヤノカワ教師パラレル
あそこにいんのヤノジュンとカワシマじゃね?
水谷の指差した方向を野球部のメンバー全員が見る。当然阿部も見る。瓦屋根の下に設置されている自動販売機の前で、学校の時とは違う私服姿の矢野と川島が談笑していた。
「ホントだー!行こうぜ!」
田島が喜んでダッシュで矢野と川島の方へと走って行く、その後ろを三橋も条件反射のようについて行き、他の連中もぞろぞろと教師二人のもとへと歩き出す。
「ヤノジューン!川島センセー!おーいっ!」
「おー野球部じゃん」
「センセー達も初詣ッスか?」
巣山の質問に川島が笑いながら違う違うと手を振る。
「お前ら生徒がハメ外さねーか見回りしてんだよ、俺ら教師は」
「えー!?何だよソレ!俺ら問題児じゃねーぞっ」
「お前らがどうこうじゃなくて、年末年始は何があるか分かんねーから念のためにだよ」
阿部達はまだ一年生だが、二年生はもちろん受験生である三年生もこの神社にはたくさん初詣に来ているはずだ。だけど学校の教師が見回りもしているのは知らなかった。
「先生たちお参りはしたんですか?」
「いや、まだ」
「じゃあ一緒に行こーぜ!みんなで行った方が楽しいもんな!」
田島に腕を引っ張られ、川島は苦笑しながら矢野を見た。矢野も笑って頷き歩き出す。阿部は出来るだけさりげなく野球部の群れから離れて、一番後ろを歩く矢野の隣に回った。
「…こんばんは」
「おー。明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
冬休み中に逢えるとは思っていなかったから、心の準備が出来ていない。すごく嬉しいけれど、スーツに白衣ではなくジーンズにダウンを羽織っている矢野はなんだかいつもと違う雰囲気で、まともに顔が見られない。
これが学校だったら、いつも通っている数学準備室だったら、憎まれ口のひとつやふたつ簡単に出てくるのに。
「教師ってこんなのも仕事の内なんですか」
「まーなぁ、しかもこれボランティアだぞ」
「矢野先生と川島先生だけですか?」
「いや、俺らがこの神社担当で、他の先生方は違うとこ行ってるよ」
今夜この神社に行こうと言ったのは確か水谷だったことを思い出して、心の中でたまには役に立つこともあるんだなと彼にちょっとだけ感謝した。
代表で田島が鈴を鳴らし、まばらに並んだ野球部一行が手を合わせる。
「何お願いするか決まったか?」
矢野が小声で訊いてきたので、阿部は手を合わせたまま隣の矢野を見上げた。彼は阿部がわくわくしながら神様とやらに欲しいものをお願いするとでも思っているのだろうか、 子供扱いするのはやめてほしいといつも言っているのに。
「やっぱ甲子園出場か?」
「それはお願いじゃなくて目標です」
「ごもっとも」
こんなふうに初詣に来ても、鈴を鳴らして手を合わせて目を閉じても、神様が願いを叶えてくれるなんて思っていない。 無病息災も学業成就も甲子園出場も、神様にお願いして叶うならわざわざトーナメント制にする必要なんてないじゃないか。
「先生は?」
そんなかわいくないことを思いながら矢野に話を振ってみると、彼はうーんと宙を見上げてしばし考えたあと、「学年の数学偏差値が上がりますように」とふざけて言った。
「それって神頼みすることじゃないでしょ。教師のクセに」
ジロリ睨んで言ってやると、矢野は悪い悪いと苦笑する。
「そーだなぁ。…んじゃ、阿部の願いが叶いますように、かな」
心臓が、きゅっと握られた、感触。
「……え…」
矢野が優しく微笑って見つめてくるから、恥ずかしくなって目を逸らした。
「…お、俺の願い事…って…、何スか」
「俺が知るワケねーじゃん。今からするんだろ?」
願い事なんて考えてなかった、だって、神様なんて信じていない。いたとしても叶えてくれるなんて思っていない。叶えられるとしたら、それは、
「叶わな…かったら?」
「そんときゃそんときだろ。俺で出来ることなら叶えてやるよ」
心臓がうるさい、顔が熱い。叶ったわけじゃないのに、期待する気持ちが膨らんでしまう。
「何でもいいですか」
「おー、でっかくいっとけ」
「絶対叶えてくださいよ」
「宝くじ当選とかはナシだぞ」
神様なんて信じてない。だけど阿部は、初めて本気で手を合わせて願い事を唱える。叶いますように、どうか叶いますように。先生が願いを叶えてくれますようにと、子供みたいに本気で祈った。
end