KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

君と未来の想い出を⑦

半月ほど実家に帰らせていただきます、とヤマサンは畏まって言い放った。いつの間に同居してる設定になっていたんだろうか。

「なにヤマちゃん、実家から強制帰宅命令きたの?」

慎吾さんが笑いながら訊くと、ヤマサンは俺の淹れた(正確には俺に淹れさせた)コーヒーをテーブルに置き、んーとひとつ伸びをした。

「いや~最近寒いじゃん?こたつで寝るのも疲れ取れないしさー、身体もバッキバキだしぃ。久しぶりにちゃんとした布団で大の字で寝たいなって思って」

勝手に人ン家に泊まり込んでおきながらこの言いよう。

「それ俺のせいじゃないッスからね」

「だって準太が来客用布団常備してくんないからじゃん~」

「なんでヤマサンのために布団用意しなきゃいけないんスか!」

あまりにも理不尽な言われように俺が反論すると、

「ンなこと言って阿部くんだけはベッドに連れ込んでんだからさぁ」なんて爆弾を落としてくる。

あの翌日、ベッドで隆也と寝ているのをヤマサンに見つかってから事あるごとにこの話題を掘り返されるのだ。

「ほんっとに何もしてねぇの?」

「してませんって」

「ねぇちょっとマジでぇ?ひとつのベッドで抱き合って寝ておきながら何にもしないって、ねぇ?」

「寝た時点では背中向けられてたんスよ」

このやり取りも定番化している。だけど本当に本当なんだから仕方ない。

本当に、ただ一緒に寝ただけだ。ヤマサンに証拠写真を撮られたシャッター音で起きるまで、隆也が俺の腕の中で寝ていることも全く知らなかったくらいなのだ。

まぁ、いじめすぎて怒らせちゃったから何かするどころの話じゃないんだけど。

隆也は怒る時は怒るけど、基本引きずるタイプじゃないから翌朝には案外あっさりしていた。さすがに目が覚めた時はあのやり取りを思い出したのか一瞬顔を赤らめたけど、それでも俺がおはようと言ったらおはようございますと返して、その後も俺を避けることはなかった。

「で、阿部くんは?」

「利央と一泊で温泉行ってるみたいッスよ。あいつ昨日誕生日だったでしょ」

え、お前それ許せんの、慎吾さんが驚いて俺に言った。許せるも何も、そんな権利俺にはないんだからしょうがないだろう。

「まぁこれが慎吾さんならアレですけど、利央だし」

「ずいぶんヨユーじゃん」

「さっすが彼氏気取りは違うね~」

気取りで悪かったな。つか気取ってねェし。

「まぁヤマちゃん、寂しくなったらいつでも帰っといで」

「慎吾さん余計なこと言わないでくださいよ」

「あ、大丈夫大丈夫。来月の阿部くんの誕生会には復活するから」

そこで一拍、間が空いた。

誕生会?誕生会ってなんだ?会ってことは、会場は?つか誕生日って?色んな疑問が一気に飛び出てきて、まず何から訊けば良いのか分からないくらいだ。

「え、隆也誕生日っ…て、来月なんスか?」

ここでまたヤマサンと慎吾さんが呆気にとられた、信じられないという目で俺を見る。

「お前、知らなかったの?」

「いや誕生日の話なんてしたことないし。寧ろなんで当然のように知ってんスか」

「彼氏気取りのクセになんで阿部くんの誕生日知らないワケ?」

「だからその気取りってやめてください」

迂闊だった。確かに、誕生日のことなんて全然頭になかった。十二月といえばクリスマスと年末年始の大イベントがあるから、隆也と一緒に過ごせたらいいなくらいにしか考えてなかった。まさか一年で最も重要な誕生日が十二月だったなんて。

「ま、というワケで俺は暫く家を空けるけどさ」

「ここは俺の家です」

「もーホント準太かわいくないっ。せっかく俺の留守を阿部くんに守ってねってお願いしてあげたのに~」

え。

ヤマサンは絶句した俺に勝ち誇ったように目を細めて(元から細いけど)、

「新婚ごっこできるじゃ~ん。でも俺の和室であんまやらしいことしないでね」と言ってⅤサインをして見せた。

隆也がウチに来たのは翌日の授業前で、数日分の着替えを詰め込んだボストンバッグを先に置いてから授業に出るつもりだったらしい。

「準太さんが投球練習で肘痛めたから半月くらいはリハビリが必要って聞いて……」

どうりでドアを開けたら開口一番「大丈夫ですか」と真剣な顔で迫られたはずだ。こっちは隆也が今夜泊まるってことで心の準備が追い付かなかったっていうのに。

「あ、イヤ、あの、……ごめん」

何で俺が謝らないといけないのか。本気で心配してくれていたことが分かるだけに、ヤマサンの冗談だったと説明するのは本当に心苦しかった。つかヤマサンもタチの悪い冗談を言い過ぎだ。

隆也は嘘だったと分かるとしばらく呆けた顔で言葉を失っていたけど、強張っていた顔はだんだん安堵の表情に変わっていき、

「じゃあ、腕は何ともないんですね?」

と少しだけ不安げな声で訊いてきた。うん、怪我なんかしてない、ほんとごめんなって俺が謝ると、やっと小さく顔を綻ばせて「良かった」と言ってくれた。

俺のことを、本気で本気で心配してくれていたんだ。その事実が嬉しくて、心臓がくすぐられたみたいにこそばゆくなった。

 

「来月誕生日なんだって?」

二人で夕飯を食べている時、できるだけさりげなく訊いてみると隆也はこくんと頷いた。

「俺の誕生日なのにまた準太さんの部屋でなんかやってもらうみたいで…ホントすみません」

「や、それは気にしなくていいけど。でもいいの?」

「何がですか?」隆也は小さく首を傾げた。

「当日ってなんか、予定あんじゃねぇの?その、家族でパーティーとか…」

本当は別の予定があるんじゃないかってちょっと気になりながらだったから、適当な理由付けになってしまって後悔した。この年になって家族はないよなと焦っていると、

「あ、家族は別の日なんで大丈夫です」とあっさり隆也は言った。やるんだ、家族で。

「そっか、じゃあ大丈夫だな」

なんて言ってしまったけど、つまり誕生日当日は二人きりでは祝えないってことか。 まぁ気持ちを伝えているとはいえ彼氏でもなんでもないんだし、当然っちゃ当然だけど。

「あ、そうだ」 隆也はカレースプーンを置くと、和室に置いていた紙袋を持ってきた。「お土産です。こないだ利央と温泉行ったときの」

「あーさんきゅ。楽しかった?」

「まぁ、温泉入ってただけですけど」

「温泉だしなぁ」

開けていい?と了承をとってから、包装紙を破る。饅頭にしては分厚い箱だなと思いながら開けてみると、意外にも中身は湯呑だった。

筆で描かれたようなよく分からない生き物(虎?熊?しかもキャラクターっぽくなくて結構リアル)が彫られている、良く言えば個性的というか渋めのデザインだった。

「…気に入りませんでした?」

「っ、いや、気に入った。ありがとう。ちょうど湯呑欲しいなって思ってたとこでさ」

「良かった。その狼の絵が準太さんぽかったから」

狼だったのかこれ。てか俺っぽいって、褒め言葉なのか皮肉なのかイマイチ反応に困るんだけど。でも、これって。

「あのさ、隆也」

「なんですか?」

大きい湯呑とちょっと小さめの湯呑のセットになっているそれは、まぁ旅館やホテルの土産物屋ならどこにでもあるであろう夫婦湯呑だった。

「これ二個ともくれんの?」

「セットだったんで」

「じゃあ、こっちは隆也専用にするか」

「え」

この驚きようは、本当に何も意図せず買ってきてくれたんだろうなと思う。普通ペアもの贈るって、ちょっとは期待してもいいんじゃないかって思うんだけど。

「イヤ?」

また意識して甘い笑顔でそう言うと、隆也はブンブンと頭を振る。そしてしばらくその小さい方の湯呑を見つめ、それから少し、唇を引き結んだ。

食後のコーヒーは隆也が淹れてくれた。せっかくなので早速夫婦湯呑を使うことにした。

…新婚ぽい。

自分じゃ絶対買わないような趣味の湯呑でも、隆也が買ってきてくれたことが嬉しいし、それをペアで使えることも嬉しい。

慎吾さんはヤマサンがいないと泊まることはないから、つまりこれから半月は本当に隆也と二人で過ごせるんだ。と感動していたら、俺明日帰りますね、と 隆也が言った。

「えっ…何で?」

「え?だって準太さん怪我してなかったんなら、俺必要ないかなって…」

隆也の言うことは至極当然だったが、でも、

「なんか用事、あった?」

「いえ、別にないですけど」

「じゃあ泊まってけば?その、授業とか、さ、便利だし」

言ってしまった後だけど、これは言い訳がましい。非常に男らしくない。すると隆也がまだ「でも迷惑じゃ…」なんて言うので、

 

「好きな奴泊めんのが迷惑なワケないだろ」

 

今度は隆也の目を見て、ハッキリと言った。隆也の表情が戸惑いの色になったのが分かる。返事は急かさないなんて言いながら、こんなこと言ったら急かしてるのと変わらないんじゃないだろうか。

「…ま、利央だったら追い返すけどさ。隆也は特別」

後付けっぽいけど軽い口調でそう付け足して、俺は隆也の頭にぽんと手を置いた。

隆也が風呂に入っている間、この間と同じ隆也に貸すスウェットを用意して、ふと考える。もしかしたら自分のやつ持ってきてるかもと思ったけど、一応バスタオルと一緒に置いておく。

ふと洗面台を見ると、プラスチックのコップに歯ブラシが一本差してあった。俺のとは違う、つまり隆也のだ。隆也が今日、自分で持ってきて、さっき風呂に入る時にここに置いたんだ。

…新婚ぽい。

新婚ごっこできるじゃん、と言ったヤマサンの言葉が頭の中でぐるぐるする。

落ち着け、落ち着け俺。隆也はヤマサンに騙されてウチに泊まりに来ただけで、本当は明日帰ろうと思っていたんだ。それを俺が引き止めただけなんだから浮かれるな。

数分後、風呂から上がった隆也が火照った顔で俺のスウェットを着ているのを見て、慎吾さん達がいなくて心底良かったと思った。

あの晩はこたつが定員オーバーだったから俺の部屋に呼んだけど、今夜は隆也は和室で一人で寝る。隆也が言う前に俺がそう促した。

今日はヤマサン達いないから静かに広々寝られるな、そう言うと隆也は若干ほっとしたような表情で、おやすみなさいと言った。

俺はだいぶ舞い上がっていた。 隣の部屋で隆也が寝ている。気にはなるけど、今夜はもう寝よう。これからしばらく、こうして隆也と過ごせるんだ。

明日は布団を一組買いに行こう。二限終わりに昼飯食べて、一緒にスーパーに買い出しに行って、一緒に何か作ろうか。なんかほんと新婚みたいじゃね、なんて幸せに浸っていた、その時。

隣の部屋から、振動音が聞こえた。

時間は0時半だった。

振動はしばらく続いて、だけど以前ほど長く震えた時よりずっと早くに切れた。つまり、隆也が電話に出たんだろう。

電気を消した部屋で天井を見上げても、眠気は来ない。

もう電話は終わっただろうか、隆也はもう寝てしまっただろうか、明日も明後日も、あいつからの電話をとるんだろうか。

また暗闇に目が慣れて、静寂の音が耳につく。それでも隆也の声は聞こえなくて、薄いはずのたった一枚の壁が、以前俺と隆也の間にあったぬりかべみたいに感じられた。

 

 

 

「いいんですか?」

「いいって。俺もちょうど買おうと思ってたからさ」

二駅向こうのホームセンター、でっかいショッピングカートに来客用布団6点セットを放り込んだ俺に申し訳なさげに隆也が訊いてきたので、「弟が今度泊まりにくるから」と一度も呼んだことなんてない弟の存在を出して隆也を安心させた。

そういやヤマサンがこたつだけだと肩が冷えるとか文句言ってたなと思い出して、不本意ながらブランケットも探す。

「おっ何コレ、めっちゃ軽い」

「ホントだ、ふわふわですね。なんか利央の頭みたいな」

「あー分かる。あいつの脳ミソもこんなんだよな絶対」

マイクロファイバーブランケットってこんな軽いのか、と感心しながら適当に柄を見繕う。ちらと何気なく横目で隆也を見ると、リアルな食パン柄やドーナツ柄のクッションの手触りに静かに感動していた。

「欲しいの?」

「あ、いえ」

慌ててクッションの山にそれらを返すと、隆也はふるふると首を振った。

「山ノ井さんがこれ見たら食べちゃいそうだなって思って」

心臓が鷲掴みされる。

なんだよその言い方。なんだよその照れくさそうな笑い方。これがあの腹黒い西浦の捕手か?あの試合でこんなファンシーな一面見せたことあったか?

なんか、隆也のイメージが定着しない。無愛想にも見えたり無関心にも見えたり、かと言えば儚げに見えたり可愛くも見えたりと、色んな表情をくるくる見せる。

あいつの話をする時だけ、ひどく辛そうな切なげな顔になるけど、本来隆也はこんなにもたくさんの顔を持ってるんだと今更ながらに再発見した気分だ。

「今日はご機嫌だな。なんかイイコトあった?」

「え、そうですか?」別に何も、と言いかけて、隆也はあっと何かに思い当たったように口を開いた。

「ゆうべ、遅くに電話が掛かってきて」

急に核心に触れられて、一気に緊張が走る。うん、と相槌を打つが、次の言葉を聞くのが怖い。

「三橋だったんです」

「………みはし…」

「あいつ大学でも野球部入ったんですけど、今のキャッチが田島みたいでやりやすいみたいなこと言ってて」

隆也の顔が、どんどんとやわらかくなっていく。嬉しそうに、愛しそうに三橋のことを思い出しながら微笑う。

「でも、やっぱり阿部くんがいちばんだよ、とか俺のキャッチは阿部くんだけだ、とか言ってきて。んで相変わらずあのしゃべり方なんスよ」

そこで隆也は堪え切れないとばかりに噴き出して、本当に楽しそうにくつくつと笑った。

深夜に隆也の声が聴きたくなって電話をかけた三橋の気持ちも、そうやって求められた喜びで幸せになった隆也の気持ちも、どちらも分かる。隆也にとって、やっぱり三橋は一生大事な投手なんだなと思うと嬉しくなった。

勝手に悪い方に想像して、勝手に凹んでた自分がものすごく滑稽に思えて、俺も笑ってしまった。

「そっか、三橋だったんだ。あー俺てっきりまた榛名かと思って、」

「え?」

自爆した。

俺は 阿呆か。

利央のこと言えないだろう、さすがに、これは。

「また…って」

「………」

だんまりを決め込んだってムダだ。さっきまでの笑顔が消えた隆也の目が、笑顔のまま固まってる俺をじっと見てる。

「…知ってたんですか」

隆也は、怒ってはいなかった。だけどほら、やっぱりあいつの話になると、そんなカオするんだろ。

「…ごめん。前に一回、隆也が寝てるときに電話かかってきて」

隆也はそうだったんですね、とだけ言った。そこでまた、会話は終わった。