KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

猫になりたい

 

山ノ井×阿部/大学生設定

 

電話がひっきりなしにかかってきてメールも嫌がらせかってくらい届いて、渋々出たら受話器越しにものすごい大声で責め立てられた。

理由も覚えもあったのでいつもみたいに適当に返事をしながらも今すぐ出てこいとのお達しに逆らうわけにはいかず、というよりさすがに逃げるのは卑怯だと分かっていたので、最低限の礼儀としてかわいい後輩達の呼び出しに応じることにした。

隆也を散々独り占めした挙句にあっさり振ったんだから、そりゃ袋叩きにあうのも当然だ。

「どういうことか説明してくださいヤマサン」

「ん~、どういうって言われても……コウイウコト…としかねぇ~」

「ヒドイッスよヤマサン!結局たかやも遊びだったってゆーんですか!?たかやが真面目なの知っててなんでンなことしたんスか!」

ここに慎吾がいないことが一瞬不思議だったけど、すぐに慎吾らしいと思った。慎吾はコイツらよりずっと俺の性格を知ってるから、俺に訊きたいことなんてないんだ。正確には、こんなふうに詰め寄ったところで俺が本心をさらけ出すワケないことを知ってるから、訊くだけ無駄だって分かってる。それにコイツらよりずっとセコイから、今頃隆也に電話したりして会ったりしてるんじゃないかな。てなことを親切に教えてやると、準太と利央は一気に青褪めて利央がものすごい勢いで携帯を取り出した。

こんな状況で悪いけど、だからこの二人をからかうのはやめられない。素直すぎて単純すぎて面白すぎる。そんなんだからいつまでたっても俺たちのオモチャなんだぞ。出ない!って半泣きでキレ気味の利央が、声を裏返しながら受話器をめり込むくらい耳に当ててるのが本当におかしい。出るワケないだろ、俺が慎吾でも出ないよ。

「ヤマサン、本当に阿部くんと別れたんスか?」

利央に代わって事情聴取を始めた準太は利央よりはなるべく感情を抑えながら、だけど低い声にしっかりと俺への非難を込めてきた。

「ウン、てか俺はそのつもりだけど…隆也は別れてないって言ってんの?」

「…フラれた、って言ってました…けど」

「てことは別れたって納得してるんでしょ?」

「ホントにフッたんスか?ヤマサンが?何で?」

「ウ~ン…」

またへらりと笑う俺に、準太はイラッとした表情を全く隠すことなく俺を睨んだ。ンな怖い顔すんなよ、男前が映えるだろ。

 

これ以上一緒にいたら、マジんなるでしょ?

俺、そういうのニガテなんだよねぇ。

だからもういいよね。

 

そう告げた時の隆也は、最初は何を言われているのか全く分からなかったらしく目をぱちぱちと瞬かせて、それから少し唇を半開きにして茫然といった表情で俺を見た。それから、え、とだけ声を発して、それ以上はもう、何も言わなかった。泣きもせず、笑いもしなかった。

隆也の住んでるアパートは少し入り組んだわりかし寂しいところにあった、けど俺はそののんびりとした静かな佇まいが好きで、バイトがあったり友達と遊んだりした夜は必ずと言っていいほど隆也のアパートに帰って行った。

隆也はいつでも快く俺を迎え入れてくれて、特に理由も訊かず責めもせずに、レポートしている時はレポートに専念していたし俺が一緒に寝ようよって言えば素直にベッドに入ってきた。

そういえば、明確につき合おうって言ったことはない。ただ俺が誰より積極的に隆也にちょっかいをかけて、好きだよって言い続けて、俺のだからねって周りの連中に牽制をかけただけ。当然そうすれば他に隆也に好意を持ってた奴らも諦めたし(表面上は)、何より隆也自身が、俺のものなんだって納得していた。

言葉なんていらなかった。俺は隆也が好きだったし、隆也も俺を好きになった。それは自惚れとかじゃなくお互いが気づいていた紛れもない事実で、だから手をつなぐのもキスをするのも当たり前のことで、何一つおかしく感じる必要なんてなかった。

だけどそれが俺に与えられた逃げ道だということには誰も気づいてなかったんだろう、俺も含めて。

隆也のアパートはいつも千客万来だ。同じ野球部だった西浦のメンツは殆ど来ることはなかったのに、なぜか他校の俺達は隆也の部屋にしょっちゅう通っていた。隆也も案外楽しそうだったし、俺も別にみんなで騒ぐのは好きだったから大抵隆也の部屋は賑やかだった。

隆也に教えられるまで知らなかったけど、準太と利央は俺がいない時は隆也の部屋に上がるのを遠慮してたらしい。あいつらは良く出来た後輩だ。だけどある時、俺はちょっとした意地悪を仕掛けてしまった。

隆也は大学に入ると一人暮らしをし始めたせいもあってバイト中心の生活になり野球から遠ざかった。けどやっぱり性格は根っからの捕手で、よく集まる連中の内でも準太にだけは特別な意識を向けて接していた。

準太が野球チームで投手をしているからだろうけど、準太には重い荷物を持たせなかったり準太の体調を気遣ったり、何かと特別扱いをしているように見えた(俺には)。別にそんなことくらいで気分を害したわけじゃないけど、ただなんとなくその日は虫の居所が悪くてつい言ってしまった。

 

隆也って準太のこと結構気にかけてるよね。

 

一週間後、いつもみたいにみんなが隆也の家に集まった時、隆也はあからさますぎるほどあからさまに準太を避けた。これも隆也本人はそんなつもりはないんだろうが、 準太と目を合わせず、話しかけることもせず、とにかく一切接触しないように頑なに準太との距離を保っていて、それがあまりにもぎこちなかったもんだから準太はもちろん他の連中まで呆気にとられて不自然に会話が途切れたりもして、とにかく気まずい空気になった。

理由を知ってるのは俺一人で、だから涙目な準太とかワケが分からなくておろおろしてる利央とか呆れた顔で俺を見てくる慎吾やモトヤン(多分俺が何か言ったって分かったんだろう)の 顔がおかしくって、思わず噴き出してしまった。

そして俺は、笑いながら内心引いていた。隆也があまりに従順すぎて。

俺を不快にさせたと思って健気に準太と距離を置こうとした隆也の忠誠心は、真っ直ぐすぎて純粋すぎて正直俺は戸惑った。隆也の気持ちは重いんだなって、なんとなくは感じていたけど本当にそうなんだって分かったから。

何に引いたって、そんな隆也の想いを嬉しく思ってしまった自分にだ。今まで何人か彼女はいたことあったけど、どの娘も適当に遊んで軽くバイバイ出来る程度の楽な彼女ばかりだったから。そんなつき合い方が自分には合ってると思っていたし、隆也とももう少し軽い関係でいたかった、本当は。

なのに俺に嫌われないために、俺の機嫌を損ねないために自分にとって大切な投手という存在すらも無視しようと頑張る隆也が、哀れで愛おしくてどうしようかと思った。

だから俺は、隆也から逃げた。俺も知らない俺を、隆也に見られるのが怖かったから。

 

去年の春はまだ隆也とはつき合ってなかったから、二人でお花見は出来なかった。つき合うようになってからそのことを悔やんでいたら、 毎年桜は咲くんですからって隆也は笑った。俺は来年の約束をするのを無意識に避けていて、だから来年一緒に花見しようって簡単な約束がなかなか出てこなくて、恐らく隆也は敏感にそれを感じ取っていたからそんな言い方をしたんだと思う。重くならないように、縛りつけないように、隆也は本当に俺に気を遣っていた。

結局今年も一緒に見られなかったな。なんて、利央たちに聞かれたら袋叩きにされそうな自分勝手な感傷に少しだけ浸っていると、

「ヤマちゃん?何企んでんの」

「桜眺めてただけで何でそんな言われ方しなきゃなんないの」

「イヤ、真面目なカオしてるから…」

せっかく人が夜桜に耽ってたのに、モトヤンは失礼な奴だ。

「しっかし、桜も最後だよなぁ~」

「そうだねー」

去年も今年も代わり映えのないメンバーで花見ってのも嬉し悲しだな。いや正確には、一昨年もそのまた前の年もなんだけど。

「遅くなりましたー」

「おっせーぞ利央!酒買ってきたんだろーな」

遅れてくるバツとして缶ビール一人あたり2本ずつというペナルティーを科せられた利央がようやく到着した。買ってきたよォと言いながらコンビニの袋からビールを取り出す利央から1本受け取って、もうすぐ日が変わろうとする夜中に乾杯をした。白い月の下で飲むビールは最高だ。

「今日暑かったよね~。今はさすがに涼しいけど」

「お前今までどっか遊びに行ってたん?」

慎吾が訊くと、利央は一瞬ピクッと表情を固まらせた。

「?なに」

「あー…、ぇ…っと、」

「どうせ阿部くんと遊んでたんだろ。ヤマサンと別れてからしょっちゅう家行ってんじゃんお前」

「ちょっ、準サン!」

あぁなるほど、それで答えるの躊躇したんだな。別に怒ったりしないのに…てか、そんな権利俺にはもうないんだからいいのに。

「だってェ…たかや全然元気ないんだもん。飼い猫に捨てられた飼い主みたいでさ…」

「何だそりゃ。逆じゃねーの?」

「逆じゃないッスよぉ。ホントにそうなの!」

ここで全員が俺の顔を見る。この無言の重圧は完全に俺を責めてる、ここにいる全員が。

「まぁ、まだ三週間しか経ってないしねぇ」

自分で言っといてさすがに白々しいかなと思った。まだ三週間、たった三週間、もう三週間、一体どれが当てはまるんだろう。少なくとも俺は、この三週間毎日ずっと隆也のことを考えてる。自分から終わらせておきながらナンだけど。

「お、何持ってんの。桜餅?」

利央の手にあったうぐいす色の紙袋をモトヤンが覗き込むと、利央は嬉しそうに袋の中身を見せてきた。

「あっコレ、たかやがくれたんです」

「なんでわざわざお前に買ってくれんの。今晩のツマミにって?」

「ツマミに桜餅はねーだろ」

「イヤ、なんかホントは自分用に買ったっぽいんだけどぉ…、商店街の和菓子屋さんの前でいきなり立ち止まって買ったと思ったらやっぱお前にやるって、くれて」

花びらが一枚、ちらりと俺の目の前を舞った。

「…利央」

「ハイ?」

「それちょーだい」

「あ、いーッスよぉ。んじゃ開け…」

利央が紙袋から桜餅の箱を取り出そうとするより先に、袋の取っ手を掴んで奪い取る。

利央が何か喚いてるけど関係ない。だってこれは、隆也が俺のために買ってくれたやつだから。

「悪い、俺帰るね」

「えっ、ヤマサン!?」

準太と利央は驚いてたけど、慎吾はただ笑って手を振る。

「ヤマちゃん、後で行っていい?」

「だめ」

慎吾とモトヤンの笑い声を背中に聞きながら、俺は駅まで全力で走った。

 

飼い猫に捨てられた、飼い主みたい。

 

利央の言葉で思い出した。隆也はこの桜餅を、俺のために買ってくれたんだ。俺が去年、桜を見ながら桜餅が食べたいって言ったから。一年後の約束も出来ない俺が、だけど隆也と一緒に桜を見たくて、あの静かなアパートの窓から二人で桜餅を食べながら桜が見られたらって思っていたのを、隆也はちゃんと分かってくれていたんだ。隆也はきっと、俺がふらりと帰るのを待ってる。ずっとずっと待ってる。

 

これ以上一緒にいたら、マジんなるでしょ?

 

マジになりそうだったのは、俺の方。逢いたい時に逢ってくれて、寂しい夜は一緒に寝てくれて、お腹が空いたらご飯を食べさせてくれて、未来も見返りも求めない。そんな楽な関係を求めておきながら独占欲はどんどん大きくなっていって、どうしていいか分からなくなったのは俺の方。

挙句隆也の純粋な気持ちから逃げ出して、そのくせわざと隆也が傷つく言葉で、隆也の心に俺を刻みつけた。隆也がずっと俺を忘れないように。隆也の中から、俺が消えちゃわないように。猫みたいに引っ掻き傷をつけて、ひどい俺をいつまでも覚えていてほしくて。

隆也に逢いたい。

隆也を抱きしめたい。

俺を許してほしい、ごめんねって謝るから、本当の気持ち伝えるから、どうか俺を許してほしい。どんなに罵声浴びせられてもいいから、俺の身勝手さに呆れて怒って、涙を流して泣いてほしい。

携帯の液晶にあの日以来かけてなかった番号を表示する。深呼吸してから発信ボタンを押した。どきどきしてる、心臓がきゅうきゅう締まって息苦しい。

逢いたい。逢いたい。隆也に逢いたい。

耳に受話器を押しあてたまま、ひとつの白球をがむしゃらに追いかけていたあの頃みたいに何も考えずに走り続ける。運動不足と不規則な生活のせいで脚がもつれて転びそうになる。肺が潰れそうに苦しい、だけどもうすぐ、もうすぐで隆也のアパートが見えてくる。

暗くて狭い住宅街を抜けてやっと隆也の部屋の灯りが見えたその時、柔らかく鳴り続けていた呼び出し音がぷつりと途切れた。

 

 

 

 end