KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

君と未来の想い出を①

準太×阿部/大学生設定/和←準および榛←阿要素含

 

雨は嫌いだ。

もう二度と雨を好きになることはないと思う。

あの日から、俺の時間は止まっていた。部活から遠ざかり、復帰して、新しい捕手と新しいバッテリーを組んで新チームのエースとして生まれ変わっても、心はあの日のマウンドに置き去りになったまま時間だけが過ぎていく。

あの夏の悪夢、二年生の夏大初戦敗退で、俺の中での野球はすでに終わっていた。

我ながら女々しいと思う。チームメイトにも、バッテリーを組んでいた利央にも申し訳ないとは思っている。それでもやっぱり、俺にとっての和サンは絶対の存在であり唯一無二の女房役だったから、和サンのいない野球部で野球を続ける意味が俺にはどうしても見出すことができずにいた。

和サンは前を向いて歩き出すと決め、俺にもそう告げた。頭では分かっていても、感情が追いつかなかった。

三年生の夏までエースとしてチームを牽引し、やれるだけのことはやって引退した。だけど俺にとっての高校野球は良くも悪くもそれだけだった。

引退して受験勉強にシフトチェンジし、年を越してやってきた春に俺は無理なく入れるレベルの大学に入学した。和サンを追いかけたいと思ったこともあったが、俺の頭では到底入れるような偏差値じゃなかったのであっさり諦めた。

和サンが大学で野球をやっていないというのも、追いかけるのをやめた理由のひとつにある。もういい加減、彼を忘れなければいけない。彼から離れなければいけないと、何かから言われているようだった。

初々しい新入生の姿で廊下や食堂や中庭が賑やかになった春、二回生になった俺はいつも通り、食堂のいつもの窓際の席へ向かっていた。見知ったいつもの顔が二人、四人掛けのテーブルを占拠している。

「あっ準太きたきた~」

緊張感の全くない間延びした声に、溜息を隠さずちわス、と面倒臭げに挨拶を返す。

「つかヤマサン、何でココの学生の俺より早く来てんスか。大学違うでしょ」

「今日は進級生の説明会だから行く必要なくってさ~。ホラ去年も出たし」

「ヤマちゃんにとっては二回目の説明会だもんなぁ」

二年時の単位が足りずに留年となったヤマサンは、全く悪びれずに「これで慎吾と準太とも同級生かぁ」と感慨深げに頷いている。

「ヤマちゃん、俺は一浪したから準太と同級なんであって、ヤマちゃんとは中身が違うからな?」

そこんとこ一緒にしないでよと釘を刺す慎吾さんの向かいの椅子に腰を降ろす。二人とも違う大学に通っているのに、俺の大学の食堂を溜まり場にし、ほぼ毎日誰かがここにいる。理由はここの学食が最も安く最も美味いというくだらない理由だが、この大学の最寄り駅が三人共通の乗り換え駅であるということも大きな理由ではあった。

「準太もまだ授業始まってないんだろー?今日はバイトは?」

「バイトはないッスけど、部屋片付けないとダメなんスよ」

「あぁ言ってたなぁ。別の階に引越しだっけ」

「えっ、わざわざ部屋移んの?なんで?」

俺の下宿先は大学の裏手にあるアパートで、少し急な坂を上った先にある。男の一人暮らしだから家賃の安い一階に部屋を借りていたが、上の階でボヤさわぎがあり階下の俺の部屋にも水漏れや煤なんかの被害が出たため、やむを得ず改装することとなった。

こちらに非はないから、家賃は今と同じままとりあえず今空いている別の階に移ることで話はついたけど、 わざわざそのために部屋中の荷物をまとめてプチ引越しをしないといけないのはかなり面倒だった。

「何階になんの?」

「3階ッス」

「えーいいじゃん!部屋数多いんじゃないの?準太のアパートって上の階はカップルとかファミリー向けなんだろ?」

「みんなで泊まろうぜ」

「やめてください!」

ああ、気が重い。できれば知られたくなかった。すでに現在の1Kの部屋も溜まり場にされてるってのに、これで部屋数が増えれば確実に泊まり込みで居座られることは目に見えている。

「じゃあ準太、俺とルームシェアしない?」

「ヤマサンとルームシェアなんて確実にデメリットしかないでしょ」

もー失礼な奴ぅ~とヤマサンが口を尖らせ、慎吾さんが笑う。ルームシェアはないにしても、徐々に私物を置かれる程度の覚悟は必要かもしれないと正直諦めかけてはいた。新しい部屋は2DKで、一人暮らしとしては十分すぎる広さがあったからだ。

「そういや利央は?来ねーの?」

「後から直接ウチ来るっつってましたけど。友達と昼飯食ってから」

「アイツってカマっぽいから女友達めっちゃ多そうじゃね?」

「あー分かる。スイーツの店とか回ってそー」

なんて女友達数人とランチでも行ってるんだろうと勝手に決めつけて談笑していると、

「あっ準サン!」

話題の人物である利央が意外にも男友達を連れて通りがかった。その人物に目をやると、俺の胸は一瞬ざわついた。

「おー利央。…と、ん?」

慎吾さんとヤマサンは利央の後ろにいた友人を見ると、あれ、といった表情で言葉に詰まった。形ばかりの小さな会釈をした全くの初対面ではない彼を、だけどすぐには思い出せないようで、記憶の中から掘り起こそうとしているんだろう。思い出せないのも無理はない。

「あ、西浦の野球部だった阿部くんですよ!なんかおんなじ大学だったって今日知ってぇ」利央のアホっぽい説明で、ようやく二人は彼を思い出したようだった。

あの夏大の後、西浦の選手と連絡先を交換し合った利央繋がりで、俺も西浦のメンバーと挨拶程度は交わすようになった。引退するまでの間も何度か練習試合をしたこともある。利央は俺の引退後も、彼らと交流を続けていたんだろう。

「てことは、阿部くんもココの大学に入ったの?西浦って進学校じゃなかったっけ」

慎吾さんの質問は尤もだった。自分で言うのもなんだが、俺の大学はお世辞にも偏差値が高いとは言えない。俺やアホの利央がちょっと勉強を頑張ってすんなり入れた程度の学校だから、あの進学校で有名な西浦なら、ここよりもずっと上のランクの大学にも行けるんじゃないかと全員が思っても不思議じゃない。

だが彼の「入りたい学科がこの大学しかなかったんで」という答えにあっさりと納得がいった。

俺達みたいに「入れる大学に入った」のではなく、「専攻したい学科ありきでこの大学に入った」のだ、彼は。聞けば彼の学科は、うちの大学でもかなり難易度の高いところだったらしい。大学は同じでも別世界のような感覚だ。

「そうなんだ。昼飯一緒に食う友達って阿部くんのこと?じゃあここで一緒に食ってけば?」

慎吾さんが提案すると、利央は彼の方を向いて「いい?」と訊いた。彼は別段表情を変えることもなくこくりと頷き、二人は俺の隣の椅子に腰かけた。

正直言うと、俺は阿部隆也のことが苦手だった。

嫌いという感情はない、ただ少し苦手なのだ。 理由は分かりきっていて、彼を見ると否が応でもあの夏を思い出してしまうからだった。

利央の友人である田島や三橋は、会っても特になんという感情も湧かない。ただの他校の、野球部員という認識でしかない。利央と同じ匂いのするあいつらは幼く天真爛漫で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

だけど阿部だけは、何度会っても慣れない。それは彼が捕手であるからに他ならなかった。俺の慕う和サンと同じポジションで、たった一試合で引退せざるを得なくなった和サンが本来ならいたであろう場所に、彼が長く居続けたという恨みにも似た複雑な感情が、いつまでも俺の心の中にこびりついていたからだった。

完全なる逆恨みであることは自覚していた、だから尚更、俺は自分からは決して彼に接触しようとはしなかったのだ。

 

昼食を終え、当初の予定通り利央を連れて片付けのためにアパートに戻ろうとすると、暇を持て余した先輩二人もついてくると言い出した。さらに「阿部くんも来るよね?おいでよ」とヤマサンは当然のように彼にも声をかける。

「ヤマサン、俺ん家なんスけど」

「えーいいじゃん、人手は多い方が片付けも早く済むんだし」

「んなこと言って絶対ヤマサンも慎吾さんも手伝ってくれないでしょ」

「もー何なの準太のこの生意気さは。和己に言いつけちゃおうぜ慎吾」

「いいなソレ」

ふいに出た名前に、また俺の心臓はざわついた。とその時、「あの、」と遠慮がちに彼が声を発した。

「俺、食べたら帰りますんで」

その言葉に、しまったと思う。まるで部外者の彼には家に来てほしくないような言い方をしてしまったことに気づいた。あれはヤマサンに対する嫌味だったが、俺が彼のことを拒んだと勘違いしても無理はない。それほどに、俺達には何の接点もなかったのだ。

「あ、いや、来てくれていいよ。すげー散らかってっけど、それでも良かったら」

「そうだよ!せっかく会えたんだし。それに準サンイジワルだからさぁ、絶対俺にだけ片付けさせる気だと思うんだよねぇ。だから阿部くん、一緒に来て!お願い!」

空気を読んで帰ろうとする彼を、今度は利央が引き留める。そうそう、と慎吾さん達も笑顔で頷いた。だけど彼はこの後用事があるんでと言い、また今度誘ってくださいと言った。こちらの誘いを社交辞令ととった彼の、社交辞令な断り方だった。

 

アパートに着くと、おじゃましまーっすと遠慮も何もなく先輩二人がずかずかと部屋に上がり込み、その後について俺達も靴を脱ぐ。男物の靴四足で狭い玄関はいっぱいになった。

「おー見事にひっくり返ってんなぁ」

「お前どこで寝てんの?」

「テキトーにその辺で」

全く片付いていない部屋は、見るだけでうんざりして気分が下がる。早く移動しないといけないのに、どうにも気が進まない。

「利央、とりあえずお前のいる間に持ってけるモンは全部持ってくからな。働けよ」

「もぉー何で準サンてこんな人使い荒いのぉ!俺も和サンに言いつけてやるんだっ」利央がべそを掻きながら俺の私物を段ボールに入れていく。

「上の部屋拭いてきます。利央ちゃんとやっとけよ」

俺はそう言うなり、雑巾だけ持って部屋を出た。

新しい部屋はよくある間取りで、玄関扉を開けてすぐにダイニングキッチン、そして奥には洋室と和室が隣り合わせに並んでいた。ご丁寧に畳も新調されている。特別広くはないが、一人暮らしには十分なスペースだ。

洋室は寝室に、和室は物置にしようと思った。バルコニーに出てみれば、さすが1階とは景色がまるで違う。立地が坂の上ということもあり、大学も街も見下ろせる。空が近くて空気が爽やかだ。暖かい日差しが全ての部屋を明るく照らし、なるほど確かに新婚カップル向きの部屋だと思わせられた。

「おー新婚ぽい」

玄関のドアが勝手に開き、慎吾さんが入ってきた。片付けなんて全く手伝う気のない先輩二人は下に後輩一人を置いて、早速こちらへ移動してきたのだ。

「えー準太めっちゃいいじゃーん!あっ和室ある。やりー」

ヤマサンも同じように無遠慮に部屋に上がると、子供みたいに目をきらきら輝かせて何も入っていない真新しい部屋を隅々まで探険し始め、和室に寝転んで気持ちいーとゴロゴロしていた。

「おー、桜」

バルコニーに出て来た慎吾さんが、大学の裏庭に見事に広がる桜の木を見つけた。和室から出て来たヤマサンも一緒に下を見下ろす。

「ホントだー桜あるね。ということはぁ…」

「花見決定だな」

「ね!」

「何が『ね!』なんスか」

溜まり場認定するや否や、慎吾さんとヤマサンは高校時代の仲間達に連絡を取る。俺は心底溜息を吐いた。

「準太ぁ、花見いつがいい?」

「いつでもイヤッス」

「よーしじゃあ、今週の土曜に決定!」

人の話なんて聞いちゃいないヤマサンが勝手に日程を決め、またみんなに連絡をする。するとすぐにも返事が続々と返ってきたのか、「モトヤンオッケー、お、迅もオッケー。タケは九州だからなぁ~さすがに無理だな。おっ!和己オッケーだって!」とヤマサンが報告を続けた。

迷惑千万なのは確かだが、和サンと久々に逢えるのは正直嬉しかった。

和サンはヤマサン達とは違い、学校が忙しいといってなかなか集まりに参加してくれない。和サンの迷惑になってはいけないと、俺自身も個人的な連絡は控えていた。

和サンが来てくれるんだ。俺の部屋に。そう思うとやっぱり嬉しい気持ちは止められなくて、不本意だがヤマサンの思惑どおり土曜までに人を呼べる部屋にしないといけないと思った。

後日、買った覚えのない大きな荷物が送られてきた。

差出人欄には「☆島崎慎吾&山ノ井圭輔☆」と書き殴られており、品名欄には「ダイニングテーブル」と記載されていた。

めまいを覚えつつも配送員に組立ててもらったそれは立派な木製の天板にアイアンの脚がついたシブいデザインで、男四人がゆったりと向かい合わせに座れるほどの幅で、つまり最高六人で囲える大きさだった。広いと思えたダイニングが一気に狭くなった。