KWNB624

二次小説置き場。ブログタイトルから連想できる方のみどうぞ

イノセント

 

島崎×阿部 ※性描写あり

 

その男のことは、顔も名前も知っていた。夏大が始まる前から関係者からチェックされていたし、大会が始まってからもやたらと話題になった男だったからだ。

だがそれだけだった。毎年高校野球の季節になればどの学校にも注目を浴びる選手は出てくる。慎吾にとって榛名元希もそのうちの一人でしかなく、さらに初戦で終わってしまった夏のことは自分なりに受け入れて封印してしまったものだから、あれから数ヶ月経ってすっかり受験モードになった自分と、今では何故かとても深い仲になった敵校の阿部の前に奴が現れたとき、慎吾はすぐにはそれが榛名だと思い出せなかったのである。

 

それは偶然だったけれど、その偶然に喜ぶ榛名と驚愕する阿部の温度差は第三者の目から見ても明らかだった。榛名は最初喜んでこちらに走り寄って来て、阿部の腕を掴んで一方的にまくし立てるように話しかけた。それから反応の薄い阿部に漸く違和感を覚えたのか少しだけ阿部の様子を窺うが、阿部が嬉しくなさげな表情をしていることに腹を立ててまた腕を強く掴んだ。

ここで自分が割って入って良いものかどうか、慎吾はしばし思案した。

二人の関係はどうやら先輩と後輩らしいが、先輩は後輩を気に入っているが後輩は正直逢いたくなかったとでも言いたげに顔を曇らせている。ここまであからさまに態度に示していたら、普通は助けてやりたい気持ちになっただろう。もし阿部が本当に、心底嫌がっているのなら、の話だけれど。

そうこうしているうちに榛名を呼ぶ声がして、同い年のチームメイトらしき眼鏡をかけた男が近づいてきて慎吾と阿部に謝った。そして有無を言わさず榛名の首根っこを掴んでずるずると引っ張って行く。

「ガキ大将みたいな奴だな」

まるで台風一過のような、なんだったんだという気持ちにさせられてとりあえず阿部の表情を慎吾はちらりと覗き見た。

「ホント、自分中心に世界回ってると思ってる人なんで」

阿部は数分間の出来事に、だが激しく疲弊した様子で溜息を吐く。

「同じチームだったの?」

「…はぁ、まぁ…一応組んでました」

一応、という言い方が少し気になったけれど、別段取り乱すこともなく阿部は淡々と語った。

「初耳だな」

「シニアの時だけですから。別に言うほどのことでもないし」

今まで完全に忘れていましたとでも言うような素っ気無い返事。阿部はこの話題を膨らませる気はないらしい。だが榛名の様子からして、少なくとも向こうは阿部に強い執着を持っていると慎吾は見た。寧ろあんなに強い好意を示されてそれを全身で拒否しようと努力しているようにすら見える阿部の姿に、慎吾はなんだか胸の中をざらりとした感触のものがゆっくりと這うような不快感を覚えた。

 

自分以外の家族は全員社会人なのをいいことに、慎吾はいつも阿部を家に呼んでは誰に気兼ねすることもなく阿部を抱いた。引退した自分と現役の阿部とでは阿部の方が体力はあるだろうが、恐らく身体に受ける負担も彼の方が数段上だ。だからいつもぐったりするのは阿部の方で、最近は勉強と運動不足からくるフラストレーションでエネルギーを持て余している慎吾はよく阿部にキレられていた、しつこい、と。

だけど本能的な性欲とは別の、相手を堪能したいという気持ちも確かに存在していて、だから出すだけ出してハイおしまいというのは好きではないし、イく寸前まで阿部をじっくり味わって焦らせて泣かせたいと思うのは当然のことだと慎吾は常々思っていた。

阿部は可愛い。慣れていない初心な反応も慣れてきた色香も、恥ずかしがりながらも慎吾に全て預けようとする健気な仕草や表情がいつも慎吾を喜ばせ安心させていた。彼には自分だけだと、自分が彼の初めての相手なのだと、訊かずとも当然そうだと思い込んでいた。今日、榛名に会うまでは。

「…っは、んんっ…!ァ、ァアッ…、」
いつものような、雰囲気作りからセックスに持ち込むことはしなかった。部屋に入るなり阿部の身体を後ろから抱きしめて、まだ心の準備の出来ていない彼をベッドに寝かせる。そして普段に比べると随分性急なキスをして、彼の好む以上の時間をかけて愛撫を施し、彼がイヤだと訴えてもそれとは裏腹に悦ぶ身体を慎吾は散々弄んだ。

「しん…ごさ…っ、あっあっ、…あっヤダッ、やだあ…って…!!」

「ヤダって言われたら、余計したくなるよ」

「あっ、は…ぁっ」

阿部は、今までとは確実に違う慎吾の愛し方に明らかに戸惑っていた。

今日の慎吾は確かにおかしかった。まず、阿部の要望に応えない。いつもの慎吾なら、どこがいいかどんな風にしてほしいか阿部に訊ねる、そして阿部が躊躇いながらもお願いすれば優しく微笑ってその通りにしてやるし、阿部がイヤだと言えばそれ以上無理強いはしなかった。だが今日は阿部がどんなにお願いしても全く耳を貸すことなく、まるでただ自分のやりたいように、阿部が嫌がれば嫌がるほどわざと何度も繰り返して阿部を悦がらせ苦しめた。

「しんっ、しん…ご、さ…、ゃ、…っ」

二本の指を根元まで完全に捻じ込み、阿部の中で指を開く。そして内壁を何度も繰り返しなぞりながら、時折激しく指を抜き差しする。その度阿部は大きく背中を反らして声を上げ、びくびくと腰を痙攣させた。

「イヤ?やめてほしい?」

「あ……」

いつもより長く、いつもより意地悪に、未知の感覚に阿部を引きずり込む。少しずつ覚えさせていくことを楽しみにしていたけれど、今日は手順など一足飛びにして阿部をめちゃくちゃにしてやろうかと、物騒な考えを頭の隅に留めながら阿部を啼かせる。

「気持ちイイんだ?」

阿部は恥ずかしそうに、おずおずと頷いた。抱かれることを嫌がっているのではなく、今日の彼は初めて手荒に扱われたことに動揺を隠し切れず、だが確実に新たな快楽を覚えさせられていることに身体は素直に悦んでいるから、気持ちと身体が一致せずにそのことを嫌がっているのだと慎吾も十分承知していた。

「んっ、で…も…っ、…ぁ」

「…でも…、なに…?」

「……きょ、の、慎吾さ…、っぁ、ぃ、つも、と…ちが…っ」

いつもと、違う。それは自分でも気づいている。

だけどいつものような余裕は今日はない。なぜだか分からないけれど、自分の他にも、いや自分よりもっと以前に阿部の身体に痕を残している人間がいたかもしれないと思うと、どうしようもなく不快でその記憶を探りたくなってしまった。だから今までしたことのないやり方で彼を愛撫し、見たことのない彼の姿を探し出そうとしている。そのくせ自分の知らない彼の癖が出ることに内心怯えているだなんて、とてもじゃないが阿部には言えない。

「隆也、」

「っ…」

一旦阿部の中から指を引き抜き、小さく安堵した彼の頬に口づける。彼は恐らく今までの教えから、この次は脚を開いて慎吾を受け入れる心構えをしているだろう。

「…ぇっ」

だが慎吾は阿部の腰に腕を回すと、阿部を抱きしめたまま身体を仰向けにして寝転がった。

「…し、んご…さん…?」

慎吾の腹の上で落ち着かない素振りを見せる阿部に、上体を起こすよう指示する。慎吾の意図を呑み込めないまま阿部は身体を起こし、居心地悪げに慎吾の腹の上に跨った格好となった。

「隆也、ちょっと膝立ちしてみて」

「…こう、ですか?」

「ん、そう」

慎吾は阿部の腰を両手で支えながら少しずつ下方へずらし、阿部のその場所へ自分のそれを宛がった。そこまでして漸く阿部はこの状況を把握する。

「!ちょっ、慎吾さっ…」

驚いて逃げようとするが、もちろん逃がすはずはない。慎吾は掴んだ阿部の両腕を自分の腹の上につかせ、にっこりと微笑んで見せた。

阿部の顔がみるみる真っ赤になってゆき、耳も首も、肌も上気し始める。

「分かった?」

阿部は素直に頷くことも首を振ることも出来ず、慎吾と目が合ってもすぐに逸らしてしまう。それが未知の経験への狼狽からなのかそれとも既知の悦びに躊躇しているのか、今の慎吾には分からない。

「隆也、こういうのキライ?したことない?」

だからこんな訊き方をしてしまったのだろうか、まるで阿部が経験済みなことを前提としているかのような問い方になったことを、言った後で後悔した。阿部の表情が一瞬ぽかんとなった後に、不快感を露わにしたからだ。

「あ、るワケ…ない、でしょ…」

さすがに意地悪が過ぎた。ごめんと謝ろうとすると、だが阿部は

 

「し、慎吾さんっ、誰かと…勘違い、してんじゃないんですかっ」

 

「…え…?」

慎吾の思っていたのとはやや違う反応を見せた。

「さっき…から…っ、し、慎吾さん、おかしいっ」

おかしいのは自覚していたが、いや、というよりわざといつもと違うようにしていたのだが、阿部のこの言葉は慎吾にとって予想外のものだった。

「や…だ、つっても…やめてくれ、ないし…っ、でも、イイくせに…とかっ、わ、分かったふうに言う、し」

「え、俺ンなこと言ったっけ?」

「目が言ってます!」

阿部の言葉が嗚咽混じりに震え始める、それはさっきまでの羞恥からくるものではなく、感情が昂ぶって涙声になってきているからだ。

「まるで…俺じゃない誰か…を…抱いてるみたい、だ…」

「………」

絶句した。まさか、そうくるとは。

「隆也」

阿部は、恐らくずっと胸に抱いていた今日の違和感を吐露したことで感情を抑制できなくなったのか、ぽろぽろと涙を流し始めた。元から涙腺の弱い彼の涙は、止むことなく溢れては彼の頬を伝ってぱたぱたと落ちる。

本当は分かっていた、これは嫉妬だ。阿部が、今まで慎吾だけしか映していなかった阿部の目が、榛名に再会して一瞬でも慎吾の知らない頃の瞳に変わったから。慎吾でなく、榛名を映して揺らいだように見えたから、それを嫉む感情が焦燥感を伴って慎吾の胸をざわつかせたのだ。

「ごめん隆也、意地悪しすぎた。俺の知らない隆也がいるかもしれないって思ったら、なんか不安になっちゃったんだ」

「そ、そりゃ慎吾さんはっ、俺…が初めてじゃないから、色々…知ってるかもしんねぇけど…っ」

悔しそうに阿部は慎吾を睨む、だが彼は、自分が疑われていたとは微塵も思っていない。疑われる要素など全くないから、まさか慎吾が榛名との過去に引っかかっているなんて想像だにしないのだろう。それが尚更彼の潔白を証明していて、つまらない嫉妬で彼を試そうとした自分を慎吾は情けなく思った。

 

「慎吾さんの知らない俺なんか、いるワケないでしょ…っ」

 

だからこんなふうに、計らずも慎吾の心臓を鷲掴みするようなことを言ってしまう。

阿部が過去に誰とどういう関係だったかなど、邪推するだけ野暮だ。真っ直ぐで一途な彼だから、昔のバッテリー相手に他人より特別な感情を抱いていても不思議じゃない。

阿部は現在の投手にも傾倒しているきらいがあるし、彼に大切に想われて嬉しくない投手はいないだろう。だから榛名も阿部に執着しているのかもしれない、が、

「隆也は、俺しか知らないんだもんな」

嬉しそうにそう言えば、悪かったですねと怒ったように返される。勘違いの見知らぬ相手にヤキモチまで妬いてくれて、俺にはあんただけです、つまりはそう言っているのと同じことだと気づかずに。

「隆也、好きだよ」

キスの仕方も、身体の開き方も、声の漏らし方も、全部慎吾が教えた。セックスの総てを慎吾のやり方で、阿部の身体に覚え込ませた。真っ白な彼を、彼の身も心も何かも。

「…ぉ、れも…好き、です…」

「うん。…だから、隆也の初めての表情…俺に見せて…?」

愛しげに腰を撫で、そのまま手を下ろして彼の尻をやんわりと掴む。強張る彼の身体をリラックスさせるように、何度も繰り返し腰と尻を撫でさすった。

「で、きな…」

「大丈夫だよ。…俺が教えてあげるから」

割れ目に沿って指を滑らせると阿部の口から甘い悲鳴が小さく漏れ、入口がきゅっと窄まる。そこを宥めるように押したり撫でたりしながら、もう片方の手で彼の中心をやんわりと揉んでやる。と、彼は子供のように舌足らずな甘えた拒絶を口にしながら、その言葉とは正反対の反応で透明の蜜を次から次へとそこから生み出しては慎吾の手を濡らした。

慎吾さん、彼は涙で濡れた声で呼んだ。行為の途中で名前を呼び合うことも、慎吾が教えたことだった。

「っぁ、あ、ああ…っ!」

導かれるままに自ら慎吾を体内に咥え込んだ阿部は、繋がった場所から脊髄を通る痺れにビクビクと身体を震わせた。

「んっ、ぁ…気持ちイイ…な」

「ぁ、しんご…さん…っ」

添えられた手に促されて阿部は腰を浮かせ、深く沈ませる。どんなにゆっくりしても慎吾を呑み込むその部分からは、粘液に纏われた摩擦がきつそうな水音を立て阿部の耳を犯した。

「よっ…と、」

慎吾は阿部に挿入したまま、抜けないように意識を集中させて片腕に力を込めると、腹筋で起き上がり身体を後ろにずらした。ヘッドボードと背中の間に枕を二つ挟んで凭れると、向かい合う形になった阿部と目を合わせる。阿部は慎吾と繋がったまま起き上がっている体勢に耐えられず、真っ赤になった顔を俯かせた。

「よく見える、隆也が」

「…みっ、ない、で…」

「なんで?」

「………」

理由など分かっているくせにそう訊く慎吾を阿部が憎らしげに睨み、慎吾は笑う。可愛い、と言えばますます頬を膨らませる阿部がやっぱり可愛くて、口づけると同時に腰をグンと突き上げた。

「んんっ!」

だが逃げないよう舌を強く強く吸い上げると、阿部は感じるたびに慎吾を咥えている部分を締め上げてしまう自分の身体に頬を赤らめて恥じらい、だけどその後熱い息をゆっくりと吐いて快感を慎吾に伝える。その従順な仕草を慎吾はいたく気に入っていた。

阿部の身体を揺さぶりながら前を握ってやると阿部はいやいやと頭を振って慎吾の手を押さえようと手を重ねてきたが、根元を少し強く押さえればまたきゅうぅと慎吾を締め付ける。

「し、慎吾さ…っ」

「…なに?」

「だ、め…、そんな…に…ぁあっ」

いよいよ激しく上下に扱き、そのスピードに合わせるように阿部の腰を上げさせる。ベッドのスプリングが悲鳴を上げ、もっと、もっとと腰を振る。ずれた唇の隙間から唾液が零れても気にせずに、阿部はもう限界が近いのか抵抗をやめて慎吾の首に両腕を回した。

「んっんっ、んぁっ、あ、も、もぉイ、く……っ、!」

「…隆也…っ、」

「あ、慎吾…さん…っ」

唇に当たる耳朶が真っ赤に熟れていて、舌で嬲りながら愛の言葉を囁いた。すると食いちぎられるかと思うくらい強く締められて、腹に飛んできた温かい飛沫に阿部が射精したのを知ると、ソコが緩んだと同時に慎吾は阿部の中へと精を注ぎ込んだ。

 

数分後、軽く失神していた阿部が目を覚まして言った言葉は、「慎吾さん勉強のしすぎなんじゃないですか」だった。

 

 

 

end.