たとえばこんな車内恋愛
島崎×阿部/社会人設定
あの人と通勤の電車が一緒だと判明したのは2ヶ月前、たまたまその日は取引先に直行だったからいつもより遅い電車に乗っていたらあれっという声がして、ライトグレーのスーツに明るい栗色の髪をした、俺よりほんの少しだけ背の高い男が近づいてきた。
「あ、やっぱり。キミ西浦の野球部じゃなかった?」
誰だこの人、分からない。俺のこと知ってるっぽいけど、俺は知らない。少なくとも高校時代の知り合いにはいなかったと思う。
「え…っと、スミマセン…」
「あーそりゃ覚えてないよな。多分キミが一年の夏に初戦で当たったと思うんだけどさ」
そこまで言われて、高一の夏の記憶がざっと頭に蘇る。忘れるはずなんかない、俺の人生できっと一番大切だった時間の始まりだから。
「初戦て…桐、青…?」
にこ、と笑って頷いたその人は、「三年だった島崎だけど」と言った。それがあの夏以来、まさに8年ぶりの島崎慎吾との偶然の再会だった。
島崎さんはいつもその時間に乗ってるらしくて、今まで会わなかったのが不思議なくらい最寄駅も会社も近かった。高校生の頃のたった一日、あの試合で戦っただけだというのに、それ以外の先輩後輩関係も何もなかったのに、ハタチを過ぎて社会人として再会するとそんなもの全く関係なく自然に打ち解けることが出来た。
島崎さんと会った翌日は普通に出勤だったからいつもの時間に電車に乗る…つもりだったけど、なんとなく、もしかしたらまた会えるかな、とほんの少し期待して昨日と同じ時間に乗った。
島崎さんは、いなかった。
毎日同じ時間て言ってたんだけどな、けど車両が違うのかも。まぁ別にいいんだけどさ。
その次の日も遅く乗った。いつも早めに出勤してただけだし、別に二、三本遅らせても充分間に合うし。
…島崎さんは、いなかった。
翌週の月曜日は以前と同じ時間に戻した。やっぱり人も空いてるから快適だ、少し遅らせるとちょっと混んでくるしな。と思ってたら、
「あ、いた」
反射的に振り返ってしまった。待ってましたとばかりに勢いよくその声に反応してしまったからちょっとバツが悪い。
「やっぱこの時間であってたんだ」
いた。島崎さんだ。振り向かなくても分かってたけど。島崎さんは、あー良かったと言って安心したように息を吐いた。この人俺よりずっと営業向きだって思う。本当に、会えて良かったって顔で 近寄って来てくれるから、そんなふうにされると誰だって嬉しくないはずがない。
「あ…今日は早出なんですか?」
「ううん違うけど、阿部くんと会えないかなーって思って」
「…え?」
「けど先週はさぁ、時間が違うのか車両が違うのか全然見つけらんなくて。あれからこの時間に変えて阿部くん探してたんだけど」
もう元の時間に戻そうかなって諦めかけてたんだと、少し照れくさそうに髪を掻きあげて島崎さんは笑った。
「…っ俺、も、」
たまらず声を出してしまった。だって、島崎さんもそう思ってくれてたなんて。
「俺も、時間ずらしてたんです、先週」
「え?なんで?」
「し…島崎さんに、また会いた…、ぁ、会えないかなって思って…」
あ、恥ずかしい。なんか、なんでかすごく恥ずかしい。会いたくてわざわざ時間ずらすってどうなんだ、そんで会えなくて実は先週結構ふさいでたとかどうなんだそれは。たった一回の偶然、単なる偶然で同じ時間帯に乗り合わせたってだけのことなのに。島崎さん引いてんじゃないかなと軽く後悔していると、
「…そっか。阿部くんも俺の乗る時間に合わせてくれてたんだ」
そりゃ会わないよなぁ、島崎さんは明るい声で笑ってくれた。
そして現在、俺たちつき合ってます。
俺は今まで乗ってた電車より三本遅らせることにしたけど、これくらい人が乗ってる方が慎吾さんと手繋いでもバレないからいいのかな。
だけど次の次の駅でたくさん人が乗ってくる時、いつも慎吾さんはどさくさに紛れて俺をドアに押しつけて軽くキスしてくるから、そういうの恥ずかしいし誰が見てるか分からないんだからやめてくださいって怒ったら、
「じゃあココにする」
って頬にチュッてされた。びっくりして手のひらで頬を隠すと慎吾さんはにこにこ目尻を下げて笑ってて、イイ?って耳元で小さく小さく囁いて俺の腰に手を回してきた。
まぁ、頬ならいい…かな。って思って、俺は他の人にバレないように、慎吾さんの腕を隠すようにドアに背中を預けた。
end